文化祭

 授業もまともに受けず、僕は一人悩み耽っていた。

 どうして僕はタイムリープをしたのか。

 これは現実なのか。はたまた夢なのか。


 僕は紗枝と……このまま友人のままでいいのか。


 答えは出ない。わからない。


 有耶無耶の気持ちは、いくら考えても整理はつかなかった。焦りと恐怖と罪悪感で、僕は押しつぶされそうだった。


 教室が騒がしいことに気付いたのは、未だこの時間が現実だと受け入れられないそんな時だった。

 教壇には一年時の担任の小林先生。今日の六時限目のロングホームルームの時間。この時間は、これから行われる文化祭の催し物を決める時間になっていた。

 と言っても、文化祭に向けた決め事は今日が初日らしく、まずは文化祭実行委員を決める運びとなった。


 文化祭実行委員などやる気はない。

 だけど、これから始まるお祭りごとのやることは早く決めたい。遊びたい。


 そんなクラスメイト達が、元気な声を教室中で張り巡らせていたのだ。


「はい。皆静かにっ!」


 先生が声を張る。

 中々、クラスメイトは静かにならなかった。


「こぉら! 黙れっ!」


 先生の一喝に、さすがにクラスメイトも静まった。

 それからは粛々と、文化祭実行委員決めの話し合いは始まった。


 とはいえ、クラスメイトの皆は学生である身。利己的な意識が見え透いた話し合いになっていた。


「文化祭実行委員になりたい奴ー、いるかー」


 手を挙げないクラスメイト。当然だ。皆は文化祭を楽しみたい、遊びたいだけで……面倒事なんて押し付けられたくないのだから。

 中々文化祭実行委員が決まらないそんな時だった。


「もー、皆やらないなら、あたしやるよ」


 世話焼きな紗枝が、文化祭実行委員に立候補をしたのは。

 クラスから拍手が起きた。ただそれは形骸化された拍手であり、内心で男子の委員もさっさと決まれ、と皆が思っていることはやはり見え透いていた。


「おい、紗枝が立候補したぜ」


 後ろの席から、板野君に小突かれた。


「どういう意味?」


「お前、やれよ」


「どうして?」


「好きなんだろ。紗枝のこと」


 ニシシ、と笑う彼を見て……記憶が蘇ってきていた。高校時代の記憶は全て僕にとって黒歴史。思い出すことさえ中々出来ないことだった。

 そんな僕が思い出した記憶は……紗枝と板野君が、文化祭実行委員として一緒に仲睦まじげに作業している現場を見た時のことだった。


 板野君は、この後文化祭実行委員になるのだろう。

 そして、それがきっかけで紗枝との関係を深めていったんだ。


 つまり、板野君と紗枝の運命のターニングポイントは、この文化祭ということ。


 思い出した記憶に、僕は迷った。


 ……どうする?


 妨害するか。はたまた背中を押すか。

 邪な感情が胸を包みだしていた。それは、紗枝の優しさに触れて、いつか芽生えさせた嫉妬心にも近い感情。

 独占欲だった。


 ……今なら。


 今なら、やり直せる。


 紗枝と……。


『あんたの顔なんて、もう二度と見たくないっ』


 ……いや。


「板野君がやれよ」


「えー?」


「いいから。僕、面倒事は御免だよ」


 そうだ。

 そうだった。


 ……僕には、紗枝と結ばれる資格なんてないんだ。

 こう言えば、渋々ながらにも板野君は文化祭実行委員になるだろう。そして、紗枝との時間が増えるだろう。


 紗枝には、僕なんかより彼と一緒にいた方が良いに違いない。


「俺は、サッカー部が忙しいの。無理。サッカー優先」


 しかし、そんな僕の配慮も無視し、板野君から返ってきた返事は意外なものだった。


 どうして……?


 あの時、板野君は文化祭実行委員に入っていた。なのに、どうして彼は……それを拒む?


「文化祭準備期間は部活禁止だ。出来るだろ」


「部活は禁止でも自主練するし」


「じ、自主練……?」


 それじゃあ、どうしてあの時は文化祭実行委員を?

 思考がまとまらなかった。


 頭ごなしに文句を言いそうになった。


 でも、寸でで堪えたのは、怒鳴ったところで話が解決する見込みがないからだった。


「そこ、うるさい」


 考えている内に、教壇から雑談を注意された。

 先生の声ではない。

 声を発したのは、紗枝だった。


「修也」


 優しい声色で、紗枝から呼ばれた。


「……やろ?」


「え……」


 でもそれでは、板野君と紗枝との時間が取れなくなってしまう……。


「しょうがないよ。男子に立候補いないんだもん。だから、他薦」


 一体、どうしてそうなるんだ。確かに一年の時の文化祭実行委員は、紗枝と板野君だった。なのにどうして、紗枝と僕になるのだ。

 僕は、何も言えずに混乱していた。


「はい。じゃあ徳井君で良いと思った人、拍手してください」


 パチパチパチ。

 乾いた覇気のない拍手が、教室に広がった。皆々は、いいからさっさと決めろ、程度に思っていたかもしれない。

 でも僕は、今の光景が異様に見えた。


「頑張れよ。修也」


 板野君に背中を抑えれて、僕は教壇へと向かった。

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