夏のお祭り

 時は流れ、夏の同人誌即売会が始まった。

 高校生活は夏休みに入り、期末テストなどの障害を乗り越えて今回も無事に新刊を用意できたことに安堵する。


 すでにスペースの設置は完了しており、あとは一般参加者の入場を待つのみ。

 新刊が売れるだろうかと少しの不安を抱きながらそのときを待つ。もちろん、今回も俺は女装して参加している。

 綺麗に並べられた同人誌をもう一度整えていると会場の入り口の方から熱気を感じる。用意周到なスッタフの掛け声で一般参加者が目当てのサークルへと移動を開始した。


 さて、今回はどれだけの人が俺の本を買いに来てくれるだろうか。いつも来てくれるフォロワーさんも買いに来てくれるだろうか。

 そして――彼女も来るのだろうか。




 俺はたしかに、実はクラスメイトだった彼女がくるかどうか考えた。来て欲しいなーとも思ってはいた。けれど。


「あの、新刊ください! あと、このアクキーもお願いします!」


 まさか、まさか本当に来て、しかも一番にここにくるとは思いもよらなかった。


「あ、ありがとうございます。千三百円になります」


 驚きで少ししどろもどろになりながら新刊とアクキーをまとめる。

 この数多あるサークルの中で、俺のサークルに一番に来てくれた。それがすこし――いや、すごく嬉しかった。

 金銭を受け取り、新刊とアクキーを手渡す。すると彼女は礼を言って立ち去ろうとした。


「あっ、えっと、今回はスケブ……描かなくていいんですか?」

「えっ、いいんですか? 私、前回も描いていただいたのに」

「もちろんです!」


 俺に呼び止められて少し戸惑っている彼女からスケッチブックを受け取り、希望のキャラを聞く。

 昼頃に取りに来るようにいうと、彼女は嬉しそうに笑って今度こそどこかへ行ってしまった。

 スケッチブックを片手にその後ろ姿をずっと見つめてしまう。


「すみません、新刊ください」

「あっ、はい!」


 その後はてんやわんやと、次から次へと新刊を買いに来てくれた方たちの対応に追われた。




「はぁ」


 やっと一息をつけたのは昼前だった。

 いくつか受け取ったスケッチブックに希望のキャラをペンでさらさらと描いていく。

 全員分のスケブを描き終わりペンを離すと同時に、ピコンと軽快な通知音が聞こえた。


「ん?」


 ポケットからスマホを取り出し、通知が来ていたSNSを開く。


「うわ」


 通知欄にあったのは俺が投稿したものに対する返信。しかしそれは先程きたものではなく、なんと去年の冬頃のものだった。


「通知機能がバグってやがる……」


 通知欄に書かれていた返信の内容は冬のイベントのことらしく、さくらという名のアカウントから『イベント楽しかったです。スケブ、ありがとうございました』と書かれており、ご丁寧にスケブの写真も載せられている。


「これ……」


 思わずスマホを操作していた指が止まる。これは、彼女――クラスメイトのアカウントだ。

 間違いない。だって冬のイベントでスケブにこのキャラを描いたのは彼女のものだけだ。


「さくらさん……」


 思わぬところでわかった彼女のアカウント名を口にする。


「あの、すみません。スケブって……」

「えっ、あっ、はい! 描き終わってます!」


 声をかけられ、顔を上げるとびっくりした。そこに立っていたのはさくらさん本人だったのだ。

 いや、昼頃に取り来るように言ったのは自分なのだが。


 さくらさんにスケッチブックを渡す。彼女はそれを嬉しそうに抱えて、満面の笑みでお礼を言うと立ち去ってしまった。


 ――かわいい。


 心の中にあったモヤモヤがスゥーっと消えていく。

 実は、ずっとモヤモヤしていた。彼女の、冬のイベントで見せた笑顔を見たときから。つい、思わず呼び止めてしまうくらいに。

 俺はきっと、彼女の笑顔に恋をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る