出会い
今回のイベントもなかなの参加者の量で、ありがたいことに俺の同人誌も結構売れ行きが良い。この様子だとイベント終了前の新刊売り切れも夢ではない。
会場に着く前にコンビニで買ってきていたおにぎりを頬張りながら、ボーっと会場全体を見渡す。
あちらこちらで人が行き交い、賑わっている。まるで文化祭のような和気あいあいとしたこの雰囲気が俺は大好きだった。
タタタ、と会場内を誰かが走る音が聞こえる。人も多いし、こういう場ではあまり走らない方がいいと思っていると、その足音は俺のサークルの方へ向かってきていた。
「あ、あの、新刊まだありますか⁉︎」
小走りでこちらに向かってきていた女の子は、俺のサークル前で立ち止まると肩で息をしながらそう尋ねてきた。
「はい、まだありますよ」
「よ、よかったー……新刊を一つください」
「ありがとうございます。五百円になります」
在庫を確認し、安堵した女の子に笑顔で新刊を手渡す。彼女から金銭を受け取ってそれをしまっていると、彼女が口を開いた。
「ありがとうございます! あの、私、せんせ……じゃなかった、
彼女は饒舌に、俺についてどれだけ好きかを語ってくれる。イベントに参加しているとこういう熱狂的な方もたまにいるのだ。
もし列ができているときだと困りものだが、幸いにも今は落ち着いていて列ができいているわけではない。俺は彼女の言葉を止めることなく、感想を聞き続ける。
「私、つらいときとか、八重さんのイラストを見ると幸せな気持ちになれるんです。いつもありがとうございます! 体調にはお気をつけください。それでは!」
「待って」
ぱぁっと、あまりにも楽しそうに俺に好意的な感想を伝えてくれるのがなんだか嬉しくて、思わず立ち去ろうとした彼女を引き止めてしまった。
「ありがとうございます。もしよろしければスケブ、お描きしましょうか?」
「えっ! いいんですか⁉︎」
こういうイベントでは、人によるが自身の同人誌を買ってくれた人のスケッチブックに絵を描くことがある。
俺も時折スケブを描いており、今回も数人分描く予定だったので、彼女にもどうかと誘いを入れた。すると彼女は嬉しそうにはにかんで俺にスケッチブックを渡した。
「はい、たしかに受け取りました。ちなみに、描いて欲しいキャラなどはございますか?」
「あ、あの、ぜひ今回の作品の主人公の女の子をお願いします! SNSでサンプル見たときからかわいい子だなって思ってて」
「わかりました。では一時間後には描き終わって思いますので、そのくらいの時間帯に取りにきていただけますか?」
「はい! 先生のイラストでしたら何時間でも待ちます!」
元気にそう答えた彼女は嬉々としてどこかへ歩いていく。本当に俺のことを……いや、俺の作品を愛してくれているんだなと感謝しつつ、先程の彼女の笑顔を思い出す。
好きなものの前でキラキラと輝かせた瞳。俺への尊敬や憧れが含まれていそうな、明るい笑顔。
――どこかで、見たことがある気がする顔だった。
それから一時間後くらいだろうか。彼女が約束の時間通りにスケッチブックを受け取りに来た。
スケブを受け取ったときの彼女の顔はやはりキラキラと輝いていて。
「家宝にします!」なんて大袈裟なことを言いながら、大切そうに両手でスケッチブックを抱きしめた彼女はとても眩しい笑顔をしていた。
他のスケブを頼んでいた人たちも受け取りにきて、それらを渡す。
時折別のサークルを見るついでにここまできて、本を買ってくださる人の相手をしていると、あっという間にイベントは終了した。
今回もたくさんの方が買ってくださったおかげで、売れ残りはたったの数冊。夢の新刊売り切れはできなかったが、初めてサークル参加したときに比べると随分と売れるようになったものだ。
新刊が数冊しかないことから郵送するまでもないだろうと自分の鞄に仕舞い込み、スペースの後片付けをする。
隣のサークル参加者たちともお疲れ様でしたと軽く挨拶を交わして帰路についた。
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