訳あり男子の一目惚れ

西條 迷

祭りの始まり

 毎回のように参加している、大規模な会場で開催される多くの人が集まる同人誌即売会。

 年に二回しか開催されないこともあって、それに参加する人々の熱気は冬でも夏でも凄まじい。


 高校二年生の冬、前日入りしたホテルの中でいつものようにウィッグを被り、親に見つからないよう普段は箪笥たんすの奥に隠し込まれている女物の服を身に纏った。

 とくに中性的な顔立ちをしているわけではない俺は、何時間もかけて自身の顔に化粧をして自分の体を女に近づける。


 化粧をしているからって、べつに俺はコスプレイヤーというわけではない。それなのに俺が化粧してまで、女装をする理由。

 そんなの簡単な話で、俺が描いている同人誌が女性向けだからだ。

 実際、今までのイベントで俺のサークルの本を買いに来てくれたのは女性ばかりで、俺の隣のサークルも、その隣も、みんなみんな女性ばかり。


 女性受けのいい、女性向けの恋愛同人誌。

 それを俺みたいな男が描いていると知られると、どれだけ中身が良くても、作者が男というだけで読んでもらえないのではないか、楽しんでもらえないのではないか。そんな思いから俺は、初めてイベントにサークル参加したときからずっと、イベントには女装して参加している。

 もちろん、こんなことは誰にも言えなくて、よくイベントで顔を合わせる馴染みのサークル参加者の女性にも俺が本当は男だということを打ち明けられずにいる。


 ホテルを出ると、何度も来慣れた駅を降り、サークル参加者としてイベント会場に入る。

 隣人たちに軽く挨拶をし、質素な机と椅子を手慣れた様子で飾り付け、会場に運び込まれていた本を並べて設営を完了する。


「よしっ!」


 年に二回の、お祭りとも言えるこのイベントを、俺は毎年楽しみにしていた。会場内がざわつき始める。そろそろ開場の時間だ。

 浮かれ気分なのは俺だけではないようで、続々と入ってくる一般参加者たちの熱気を遠くから感じる。

 冬の寒さなんて吹き飛ぶくらい、熱い祭りの始まりだ。

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