群青と浦島

@mohoumono

第1話 桜と姫と玉手箱

これは、もしもの話


ある日、ある島に男性と女性がいた。

男性の名前は、浦島、

女性の名前は、桜と言った。

桜は、

布団に入りコホコホと咳き込みながら、

置いていってごめんね。

君と居れて幸せだったよと障子越しに言った。


浦島は、桜がもう咲く時期だ。

そうやって彼女から顔を逸らしながら、

障子を開けた。

もう宴が始まる事はない。

桜が咲いたとしても

騒げる人はもういないのだから

彼女は、コホコホと咳をし、

最期に魚を食べたいと

消え入るような声で言った。


浦島は、分かった。たくさん釣ってくるよと背中を向けたまま笑顔で頷いた。

浦島は、沈むような足取りで砂浜を歩いた。

みんな僕を置いて、

老いていくのは何故なんだろうか。

そう思った浦島は、海を見た。

けれどその顔は、

シワ一つない綺麗な顔をしていた。

島では、桜と浦島しか生き残っていなかった。


島の人々は、桜の花びらが散るたびに、

シワが増えて死んでいったのだった。

自分以外がそういう病にかかっているのだと

そう考えていた。


そして、いつも通りの釣り場に行くと、

砂浜でジタバタと亀がもがいているのを、

浦島は、見つけた。

浦島は、亀に駆け寄り急いで海に戻した。

そうすると、亀はありがとうございますと

頭を下げ、お礼をしたいのですが

何かお困りごとはございませんか?と

嬉しそうに言った。


浦島は、少し考えたあと

病を治す薬はないか?と尋ねた。

亀は、ええありますよと軽快に答え、

お礼も兼ねて竜宮城にご案内致します

そうやって甲羅を浦島に向けた。

浦島は書置き一つすら残さず

亀の甲羅に乗り海の底に向かったのだった。

その日は、波が少し高かった。

そのせいか砂浜に残った浦島の足跡は、

全て波がさらっていった。


海の底に沈んで行くほど、

太陽の光は届かなくなっていく。

けれど、突然月明かりのような輝きを

帯びた平屋が現れた。


「ようこそ竜宮城へ」

亀は、そう言ってスイスイと

竜宮城に近づいていった。

竜宮城とは言うが、

城と言えるほどの巨大さも堅牢さも無く、

偉大さも感じられない。


むしろ親しみやすさを感じる平屋が、

竜宮城と呼ばれる事に、

浦島は疑問を抱いた。

そんなことを考えていると、

急に浦島の後頭部に衝撃が走った。

視界は黒く染まった。


ここは海の底

燦々と月が君を照らす。

亀とうさぎが琴を鳴らし、

また違う亀とうさぎが太鼓を叩き

また違う亀とうさぎが扇子を持って舞う。

宴はもう始まっていた。


皆幸せそうに騒ぎ、嬉しそうに酒を飲む。

「竜、私のこと思い出した?」

「宮というんだったっけ?

 申し訳ないが、何も思い出せないんだ。」

竜は、申し訳なさそうに項垂れた。

「いいの。君がここにいてくれるだけで

 私は幸せだから。」

宮は、竜の姿を見て励ますそうとして、

竜に笑顔を向けた。


宮はとてもとても幸せそうにしていた。

その姿を見た竜は、

「なら、きっとそれでいいんだろうね。」

と言い、月明かりで照らされた酒を飲み、

竜は、少し満足そうな顔をした。

宮は、それを見て

この時間がいつまでも続けばいいのに

君がいつまでも笑っていて、

満たされていたらいいのに、そう願った。


そして、宮が竜の顔をふと見ると、

隙間風が吹いたみたいに

頬に涙が伝っていた。

それを見た宮は、手を叩いた、

なら宴はもう終わり、と。

それを聞いた亀とうさぎは、

部屋から出ていった。


部屋に残ったのは、

竜と宮の二人だけだった。

「ほんと、私も君も人でなしだよね。

 相手の気持ちも考えないでさ

 嫌になるよ。」

宮は、ため息をついた。

「自分でも分からないんだ。

 ここの宴は、とても楽しかった。

 でもただ、何かが足りないんだ。」

竜は、ぼろぼろと涙をこぼす。


宮は、それを見てさらにため息をついた。

そして、槌で竜の頭を叩いた。

頭を叩かれた竜は、頭を抑えのたうち回る。

宮は、それを見て笑いをこられるため歯を食いしばっていた。


そして、

少しして竜は、落ち着きを取り戻し、

「宮、久しぶりだな。」

宮から目を逸らした。

宮は、竜の頭を掴み無理矢理自分と目線を合わせ、

「久しぶり。けど行くんなら早く行きなよ。

 私の気持ちが変わる前にさ。」

しばらく竜の目を見ていた。

竜も、宮の目を見た。

その目には、涙が溜まっていた。

そして、何かを言おうと口を開こうとするが、口を閉じた。それを三度繰り返した。


「何も言わなくていい、

 さよならは、私だけの権利だから。

 だから、ね。」

そう言って宮は、竜に箱を渡した。


竜は、ただありがとうと答え、

亀の甲羅に乗って去っていった。

あの時君を見てから、

私は浮くような足取りで歩いた。

でも君は、そうじゃなかったから、

私に足跡を残していった。

けどその足跡は、どうやっても消えないけど

とてもとても心地よくて、

それを思い出すだけで幸せになれたから、

幸せを箱に込めて君に渡した。


私だけになるんだな、

宮は、悲しげに呟いた。

竜は、上がっていくたび

記憶を取り戻していった。

「浦島、久しぶり、人でなしの僕。」

そして、砂浜に着き玉手箱を開けた。

浦島は、白い煙に包まれた。

視界は白く染まった。


浦島は、海を見た。

そして、何度も躓き何度も転んだ。

けれど、桜の願望のため釣り糸を放り投げた。

いつもは、餌をつけるが、

今日はつけなかった。


浦島は、魚を釣ろうとしているはずなのに。

さらに浦島は、竿がしなるたび

地球を釣りたいとさえ思った。

だがその願いが叶う事はなかった。

浦島の人生で初めてと言っていいくらいの

大漁だった。


それなのにも関わらず、

浦島は沈んだような足取りで家に向かった。

しかも、

その日の波は低く浦島が残していった砂浜の足跡は、波がさらう事はなかった。


桜の顔を知る人は、浦島が存在するが、

浦島の顔を知る人は、

浦島以外この世に存在しなかった。


そして、浦島は家につき料理をし、

縁側に並べた。

その日の料理は、

いつもの倍以上時間がかかっていた。

浦島は、いつも通りの場所に座り、

障子を開けるがそのに人はいなかった。

浦島は、何故か先に安心してしまった。


けれど、足音が聞こえた。

足音が近づく度、浦島の鼓動は速くなっていった。そして、浦島の真横で足音が止み、

座る音がした。

浦島は、僕が誰か分かりますか?

そう不安そうな顔で尋ねた。

桜は、にっこりと笑った。

何も変わってないよ。

そう浦島を抱きしめた。

視界は群青に染まった。

桜は、もう咲いていた。

宴は、始まったばかりだ。



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