第14話
⭐︎
「へぇ~、そんなことがあったのか」
オーナーの篠原が、樹の話を聞いてうんうん頷いている。
「伊織さん、あの時ホントにオレ、クレーマーかと思ったんですから」
「樹クンひどいよ~」
「突然言われたオレの気持ちになってみてくださいよ」
苦笑いしている伊織と、ガハハと笑う篠原。
厨房からは、篠原の妻のルミも出てきて同じように笑っている。
「あんなに愛想悪かったキミだったのにね」
「もう~、まだ言いますか」
伊織は楽しそうに樹のことをからかっている。
そのやり取りも恒例で、篠原はますますガハハと大声で笑っている。
「でもさ、そんなキミも立派に家庭を持って、立派な父親になったじゃないか」
「……立派かどうかは分かりませんよ。しおりんが立派なだけで」
妻の名前を口にしながら、樹は照れくさい笑みを浮かべた。
「ほら、覚えてるかい?汐里ちゃんの二十歳の誕生日のこと」
伊織は、この店を貸し切って汐里の誕生日会を行ったときのことを言っているのだ。
汐里のために店でパーティーをし、樹は彼女のためにカクテルを作った。
そのあと帰り道で二人は付き合うことになったのだが、ここで下手をすると最悪の思い出にもなりかねないところだった。
「あれってさ、樹クンなりの、汐里ちゃんに対するハタチの誕生日プレゼントだっただろ?」
言われて、樹は黙ったまま伊織の顔を見た。
樹にとっての二十歳の誕生日は、伊織が最高の日にしてくれた。
自分も、自分の大切な人には最高の思い出になることをしてあげたかったというのは嘘ではない。
「まぁ、そう、ですかね」
だが照れくささが混じって、樹ははっきりとは言わずに笑ってごまかした。
「汐里ちゃん、きっと一生の宝物になってると思うよ」
「そうだったら嬉しいですね」
樹の胸の奥がくすぐったくなる。
「女子高生だったしおりんが大人になってオレと結婚して。そこから妊娠したりその間も今も大変なのに頑張ってくれて、オレのことも父親にしてくれたし」
「妊娠は、キミが汐里ちゃんとエッ――」
「あ――!今いい話してたところだったのに、またエロい話にもっていこうとする!」
王子な見た目と違って伊織はセクハラ王子であることも樹は知っている。
キレイな顔に似合わない発言をするだなんて、あの頃の自分が知ったら更に驚くだろう。
「エロい話?心外だなぁ」
困ったような顔で、伊織はけなげな瞳を樹に向けてくる。
「僕がいつそんな話をしようとしたかい?」
「どの口が言いますか!それに、その言い方だとオレが順番間違えたみたいな」
「もう~、樹クンのエッチ」
樹が目を白黒させているのを見ながら、伊織はいたずらっ子のように笑っている。
やはり、キレイな見た目に騙されてはいけないのだ。
「田所さんは知ってるんですか?伊織さんがそんなエロい人だって」
「エロいエロい言わないでくれるかな。そんな話は樹クンとしかしないよ」
身を乗り出して、伊織が妙な色気のある表情で見つめてくる。
「だって、秘書にそんなこと言ったらセクハラになるだろ?」
「えっ!?オレにはセクハラにならないんですか!?」
伊織といると、樹はいじられキャラになってしまう。
すっかり良い年齢になっている二人なのに、おかまいなしだ。
「僕と樹クンとの仲だろ?」
笑いすぎて伊織は目の端に涙を浮かべていた。
「だから何なんです?」
「親友以上の仲なんだから、いいじゃないか」
「否定はしませんが、それとこれとは別です!」
腹を抱えて笑う伊織に、険しい顔を向ける樹。
今、客が入ってきたら何事かと面食らうだろう。
「ほら、樹クンも笑ったら?我慢は身体に良くないよ」
「伊織さんは笑いすぎ!」
しばらくの間、笑い声は収まることはなかった。
しかし、たまにはこんな日があっても良いだろう。
そんなふうに思えた夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます