第13話
「僕のアルバイトしてるバーに、篠原さんていう社員の人が居るんだけどね」
伊織は、従業員の話も色々と聞かせてくれた。
「背も高くて恰幅も良くてまるで熊みたいな感じの人なんだけど、お花を愛する心優しき人なんだよ」
「へぇ~?そんな人が」
「店長もいい人だけど、僕はその篠原さんていう人のことを尊敬してる。人として素晴らしい人物だと思うよ」
伊織が聞かせてくれる人物像は、まるで目を閉じるとその人とやらが見えるようだ。
どれほど信頼しているのかが手に取るように分かる。
「伊織さんがそんなに言うぐらいだから、素晴らしいんだろうなぁ」
「あれ?最初僕のことそんなに信用してなかったんじゃなかった?」
「……すいませんでした」
樹はごまかすようにそっぽを向いて答えた。
その様子を見ながら、伊織は楽しそうだ。
「だけど、樹クン心を開いてくれたもんね。良かった」
「オレ、言っても良いですか?」
「何?」
樹が申し訳なさそうな顔を伊織に向けた。
「伊織さんのこと、『失礼なヤツ』って思ってました」
「え?僕のことを?」
そんなことを言われると思っていなかった伊織は、ビックリして口をあんぐり開けた。
そして、大笑いした。
「だって、いきなり面識のないオレに、『もっとにこやかに笑え』だなんて言うんだ。クレーマーかと思いました」
「えーっ!?」
今度は樹が笑った。
「こんなきれいな顔してるのにクレーマーだなんて、それこそもったいないでしょ」
「樹クンに言われたくないよ」
まるで、前からの親友だったみたいに二人は小突き合い、笑い合った。
ピロロロロ。
伊織の携帯が鳴った。
「はい、どうした?」
立ち止まり、伊織が応答する。
そういえば、来る時にも誰かと話していたなと樹は思い出していた。
「先に寝てていいよって言ったじゃないか。え?気になって一人で眠れないって?何言ってんのさ」
誰と話しているのだろう。
話の内容からして、恋人だろうか。
大学で一緒にいた彼女かもしれない。
「いやあ、失礼したね」
通話を終えて伊織が携帯をズボンのポケットに入れながら言った。
「彼女さん、心配してるみたいですね。彼女さんが泊まりにくるのに、オレの誕生日優先させてくれたんですか?」
樹の言葉に伊織はゲホゲホとむせかえる。
その反応がよく分からなくて、樹はきょとんとした顔で伊織を見た。
「違うよ。ルームメイト、っていうんだろうか。お目付役みたいな?」
「え?あの人彼女じゃなかったんですか?大学で一緒にいた人」
可愛かったし、彼女かと思っていたと樹は続けた。
「あの子は彼女だよ、ふふん、そうだろ、可愛いだろ」
「でも、ルームメイトもいるんでしょ?彼女さん複雑じゃないんすかね」
「ルームメイトは男だからさぁ。あ、居た」
樹が振り返ると、道に設置されたポストの横に、何やら見慣れない若い男が立っている。
ワイシャツにネクタイ。
こんな時間なのだからもっと緩い服装でいいのに、見るからに真面目そうだ。
伊織は近づいて行き、そして話しかけた。
「先に寝ててくれたら良かったのに」
ひょろっと細く、伊織より背が低めの青年だ。
年齢は似たり寄ったりだろうか。
「そうは言いますが、会長様から仰せつかってますので」
「おじいさまの言葉なんか、さらっと流しておけばいいよ」
二人で何かやりとりをしているが、樹には何のことやら飲み込めない。
「せっかく友達の誕生日会をしてたんだ。今も楽しく会話してるんだし邪魔しないでほしいな」
「こちらがお友達、ですか?」
青年が樹の方を見た。
樹がさっと会釈をすると、青年も軽く頭を下げた。
「同じ大学に通ってます、青島です」
「ご丁寧にどうも。僕は、伊織さまの――」
「ルームメイトの田所だよ」
伊織が、田所の発言を遮って割って入った。
やたらと丁寧なもの言いとお辞儀をする青年だなと樹は思った。
しかし、その表情にどことなく人の良さが見え隠れしている。
「田所も、今度一緒に来るかい?」
「いえ、僕は」
「何だい、お堅いなぁ」
二人のやり取りは、ただのルームメイトには見えない。
まるで、上司と部下のようだ。
アルバイトしかしたことがなく、社会人経験のない樹が言うのも変な話なのだが。
「伊織さま、僕がいるから自由に出来るんですよ?そこのところ分かってほしいです」
「そうだね、本当だ。感謝してるよ」
ありがとうと言い、伊織は笑った。
「じゃあ、オレ帰ります」
樹はそう言って、深々と頭を下げた。
記念すべき二十歳の誕生日が寂しい思い出にならずに済んだのは伊織のおかげだ。
不躾な言い方で樹に近づいてきたのは正直驚かされたが、伊織という人物はなかなか懐の大きな男かもしれない。
見た目は繊細な王子のようだが、心の中は慈悲深く、人の喜びも悲しみも理解できる人間のように思える。
「気をつけて帰るんだよ。二十歳の誕生日はまだあと数時間あるから、満喫してね」
「ありがとうございます!」
手を振り、樹は改札を通って電車に乗った。
口の中に残る初めてのカクテルと、そして今日という日の余韻に浸りながら。
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