第10話

「お酒はお強いんですか?」

 不意に長谷川が樹に尋ねた。

「あ、今日ハタチになったばっかりなので分かりません」

「おお!そうなんですね。これはこれは」

 長谷川は、小さく拍手をした。

「すみません、僕これにします」

 伊織が右手を上げた。

 メニューを指さしながら注文したものは。

「ウイスキーフロート、ですね」

 にっこりと長谷川は微笑んだ。

「ええっ、伊織さん、ウイスキーだなんてそんな大人の飲み物飲むんっすか?」

「僕は樹クンより大人だから」

 大人の余裕とはこういうものだという、そんな微笑みを浮かべて伊織は得意げだ。

「ちぇっ。どうせガキですよ」

 樹たちがわちゃわちゃしている間に長谷川はどんどんカクテルを作っていく。

 よく見るようなシェイカーではなく、グラスに氷が入れられ、そのままカラカラと混ぜ合わされていくようだ。

 樹はその様子を穴が開くほど見つめていた。

 ミネラルウォーターのあとにウィスキーがゆっくりと注がれていき、出来上がりだ。

 液体が二層になり、グラスの上の方に酒が浮かんで見える。

「どうだい?キミみたいな楽しい人と出逢えて良かったっていう意味を込めて」

「え?オレが楽しい?どこが?」

 ふざけるわけでもなく、面白いことなど何一つした記憶も無い。

 愛想も悪いし、伊織にとって、樹はどこが楽しいと思えたのだろう。

「これは『楽しい関係』っていう意味のカクテルなのさ」

「カクテルには、それぞれ意味があるんですよ、『カクテル言葉』っていうんですけどね」

 長谷川がにっこり笑いながら言う。

 へぇ~と樹は心から感心しながら聞いていた。

 伊織がひと口目を飲んだ。

 カランカランと、氷が動いて音が響く。

 どんな味がしているのだろう。

 喉の奥は、今どんな感触なのだろう。

 樹はドキドキしてたまらなくなっていた。

 その様子を見ていた伊織は、ニカッと楽しそうだ。

 早くキミも注文したら?と伊織が言う。

 そうだ、樹も何か作ってもらわなければならない。

 だが、どうしたらいいのだろう。

「青島さんは、思い入れがあることとか、何かおありでしょうか」

 長谷川に言われ、樹は考えた。

 思い入れがあるかどうかは分からないし、急に言われても思い浮かばない。

「今日は樹クン、本当は彼女とお祝いするはずだったんだよね」

 樹は黙っていた。

「だから僕が彼女に代わって親友代表として」

「親友じゃないです」

「即答しなくたっていいじゃないか」

 ひどいなぁと言いながら困り顔をしている伊織に、樹はくっくっくと笑った。

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