16-1
朦朧としていても、意識はあった。
それを手放してしまえば、きっとタウィーザの命をも奪ってしまう。
押し流される寸前で、異形の本能に抗い続けた。
理性の力が再び上回ったとたん、ヴィヴィアンは首筋から顔を引き剥がした。
「タウィーザ……!」
青年の顔を見上げる。端整な顔は青白くなっているように見えた。
それでも腕は体を抱いたまま、離そうとしない。
仄青い目がゆっくりと瞬き、ヴィヴィアンを見る。
血の気を失った顔で、タウィーザはそれでも不敵に笑った。
その笑みが、強くヴィヴィアンの胸を衝いた。抱きしめる腕の温かさが、触れる体の熱がとたんに強く感じられた。
なぜか――目の奥が熱くなって、とっさにうつむいた。
うずくまって孤独に耐え、強ばっていた体がゆっくりと解ほどかれてゆく。
タウィーザが立ち上がろうとしたので、ヴィヴィアンも一緒に腰をあげた。
立った瞬間、タウィーザがふらつき、ヴィヴィアンは即座にそれを支えた。
熱く大きな体は支えているヴィヴィアンを包むかのようだった。
「どうして……ここに? もうジュリアスたちが来ているの?」
「まだだ。だがすぐに追ってくる。行くぞ」
ジュリアスの名を出したとたんタウィーザは不快げな顔をし、ヴィヴィアンに支えられているのか抱え込んでいるのかわからない恰好で部屋を出た。
廊下を出て階段を降りる。そのまま玄関へ向かった。ヴィヴィアンはそこでようやく少し思考を取り戻す。混乱する。
――追いつく。行く? どこへ。
「待って! どういうこと、あなた、ジュリアスたちから逃げてきたの?」
「当たり前だ。いいから来い」
「来いって、どこへ……!」
引きずって館から出ようとする力に、ヴィヴィアンはとっさに抗った。
タウィーザは鋭く舌打ちした。腕はつかんだままに少し体を離すと、稲妻のような瞳でヴィヴィアンを射た。
「いいか、いますぐ決めろ。あんたの選択肢は二つ。ここでこのまま一生あの男に利用されて飼い殺しにされるか、俺と一緒にここを出るかだ」
鋭く力に満ちた声は、天啓のようにヴィヴィアンの魂に響いた。
頭が揺れる。
ここから出る。
ジュリアスではない人間と。
考えてもみないことだった。ここから出ることは考えても、こんなふうに手を引いてくれる人間のことは思い浮かびもしなかった。
「ここを出たくないのか」
雷光のように、タウィーザの言葉が脳裏に閃く。
ヴィヴィアンは言葉に詰まる。
――異形の血。満月のたびに訪れる苦痛。人を近づけることができない。敵を殺めた過去。おそれの目。自分を拒絶する世界。
そんなものが次々と浮かんで、体をがんじがらめにする。自分は外の世界では拒絶される。
唇をかすかに震わせると、腕をつかむ手が力を強めた。
「あんたの中のタハシュの血を、他の奴らは疎み、あるいは都合良く利用しようとするだろう。だが俺は違う」
ヴィヴィアンは弾かれたようにタウィーザを見た。顔色は優れなくとも、その青白い目は強い輝きに満ちていた。
「俺は《タハシュの民》だ。神を信じてるわけじゃないが、王国の人間が汚れた血と呼ぶなら、《タハシュの民》にとっては聖にして誉れなる血だ。あんたはタハシュに選ばれ、適応した」
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