14-1

 ジュリアスはわずかに言い淀んだ。


「三人目の側室を迎えたの? 正妃との間に子供が産まれたのに?」

「……ヴィヴィアン、子をなすことは、王族の義務だ」


 他意はないとでも言うように、ジュリアスは困惑気味に答える。

 ――違う。そうじゃない。

 激しい言葉が、ヴィヴィアンの喉元までこみあげた。だが、声にはならなかった。

 こんな反応をするなど、自分はまるで。


 ヴィヴィアンは左手を右手で抱え込んだ。力をこめる。――これ以上、そのことについてもう考えたくない。

 愛情など、もう残っていない。あるのは未練。ただそれだけだ。

 自分がこんな状況だから――ジュリアスにも、少しでもその不遇を分かち合ってほしいなどと思っていた。それだけだ。

 

 。タウィーザの声が、頭の中に食い込んでくる。

 ヴィヴィアンは呼吸を無理矢理整えた。


「……あなたのいう反逆者とは、かつての《タハシュの民》のような異能をっている人々……ではないのね?」

「そうだ。だが奴らは私兵を持ち、結託して大軍になる危険性がある。危険な存在だ」


 ジュリアスは険しい顔で言った。

 反逆者は王位を要求していると言った。もともと、ジュリアスも王太子ではなかった。それが五年前に《タハシュの民》に王都を急襲された際、当時の王太子が深傷を負い、間もなく息を引き取った。

 ジュリアスの他にも王位継承権に近い王子はいたが、王がもっとも気に入っていたのはジュリアスなのもあって、王太子は半ば強引に彼に決められた。

 だがそのことが禍根となり、他の王子が不満を募らせ、叛乱勢力に担ぎ出されて状況が悪化したということだった。


 ヴィヴィアンにとっては、そういった世情もはじめて聞くことだった。

 そして聞いたところで、心は動かなかった。


「……それでも、相手は同じ国の人間だわ。同じ力と同じ血肉を持った人間。懐柔のしようもある。私の力が必要とは思えない」

「ヴィヴィアン、考えてみてくれ。これは君にとって好機ともなりうる」


 ジュリアスが身を乗り出し、口調に熱が滲んだ。


「得た力を、残り一生隠し続けて過ごすのか? 生涯、負の遺産として抱え、日陰の道を歩いてゆくつもりか? そうではなくて、君自身のために力を正しく使い、君のために利用するのはどうだ」


 ヴィヴィアンは答えられなかった。きゅっと唇を噛む。

 正しいからといって、たやすく使える力ではない。 利用などと万一にもありえなかった。

 この力の正体とはつまり――。


「……これは、人には過ぎた力よ。だから周りから化け物と見られる。その過ぎた力を使って、私にまたたくさん殺せと、そういうの?」


 ジュリアスが少し怯んだ。しかしすぐに前のめりになった。


「戦いの力だ、ヴィヴィアン。君のその力が、かつて王都を取り戻すために大いに役に立ってくれたのは事実だ。それに、なにもずっとその力をふるえと言っているわけじゃない。今回は、国全体に関わることだ。強力な、守護者が要る」


 言い聞かせるような口調。

 ジュリアスが、この力を肯定的にとらえ、ひいては自分を慰めようとしてくれているのだと感じた。実際、これまでその憐れみがあったからこそ、自分はここで息を潜めながらも生きていられているのだ。


 だが、いま、何かが致命的に食い違っている。

 五年前のジュリアスは、こんなことは言わなかった。こんな――邪神の力を使えなどとは。


 だからヴィヴィアンはただ頭を振る。ジュリアスの言うことはあるいは正しいのかもしれない――それでも、悪夢に見るあの光景を思うと、踏み出せない。

 灰色の瞳がわずかに惑った。


「もし……もしもだが、君がまだ私のことを想ってくれていて、側にいることを望むというなら……相応の待遇で迎えることもできる」


 ヴィヴィアンは目を瞠った。そして耳を疑った。

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