13-2
耳触りのよい、勇壮な言葉はひどくうつろに聞こえた。
なぜジュリアスは、こんな他人事のような話し方をする。正義や地位や名誉。そのうつろな響きが、胸の中に暗い穴をあけてゆく。
そんなもののために、自分は戦ったのか。
否。
「……五年前の戦いは、なんだったの?」
ヴィヴィアンの思考より先に、喉が言葉を押し出す。
灰色の瞳が見開かれる。
「あれは……あの戦いは、正しくなかったの? 私が、正義というもののために戦わなかったから? だから、認められなかったの?」
「ヴィヴィアン、そうではない――」
言い募ろうとするジュリアスに、ヴィヴィアンは頭を振った。
――それなら、この五年はなんだったのだ。
今度こそという。だが五年前にできなかったことが、なぜ今回はできるといえる?
いくたびもの満月の苦痛と孤独の記憶が、怒濤のごとく胸に押し寄せる。
――不当だというなら。
「どうして。なぜ……もっと早くに、」
気づけばヴィヴィアンは震える声でそうこぼし、寸前で唇を引き結んだ。
視界が滲むのを、瞬きで堪えた。喉がつまり、息が震えた。
こみあげる激しさを堪え、ただ――ただ、一つのことだけを叫んだ。
「正義なんかに、私は身を捧げたわけじゃないわ!」
磨かれた鋼のような瞳が見開かれる。
ヴィヴィアンは目を歪め、顔を背けた。
(あなたの、ために)
――あなたと、あなたの大切な王都を守るために。
正義という漠然とした理想ではなく、すぐ隣にあった大切なもののために、禁忌を犯した。
だから婚約が白紙になることさえも、最後には受け入れた。
なのに――それを、正義という漠然とした、美々しい言葉にされてしまうのは耐えられない。
それは共感でも理解でもない。美化することで突き放し、自分とジュリアスとの関係を遠く隔たるものにするだけだ。
わずかに、ジュリアスが言葉につまったような気配を見せた。
息の詰まる沈黙を、冷笑まじりの声が破った。
「そういえば、あんたの正妃が三番目の子を産んだらしいな」
無造作に放たれた言葉に、ヴィヴィアンは鋭く細い痛みを感じた。
目を、ジュリアスに向ける。
「三人目の側室も迎えただろ。確か十五になったばかりの、それはそれは若くて美しいご令嬢だ」
ジュリアスは整った顔を怒りに歪め、黙れとタウィーザを威圧する。
ヴィヴィアンの頭から、すうっと怒りの熱がひいていく。こめかみにいきなり一撃を食らったようだった。
子供。側室。
ジュリアスが、他の女性を正妃に迎えたのは漠然と理解していた。自分は婚約者でいられなかったのだから。
だが、それでも――他の側室を何人も迎え、子供をもうけることまでは、考えてもいなかった。漠然と避けていた。
他の女性を正妃に迎えても、それ以外の女性は迎えない――それが自分に対する思いの最後の一欠片ではないかと、勝手に思い込んでいた。
タウィーザの笑いが、茨となってヴィヴィアンの全身を苛む。
「この聖女さまが一人さびしく時間を過ごして、満月のたびに苦痛と飢えをやりすごす間に、あんたは厄介者をこの島に追いやり、おかたい家のお綺麗な女と楽しく過ごして、子にも恵まれたってわけだ。が、厄介な状況になって、このさびしい聖女さまを思い出し、引っ張り出して利用しようと思い立った。ずいぶん賢い立ち回りだな、王子様」
「――っやめて!」
強い怒りを露わにしたジュリアスよりも先に、ヴィヴィアンはほとんど悲鳴じみた声をあげた。
ぎし、とソファの背もたれが軋む。タウィーザの気配が、ヴィヴィアンに近づいた。
「やめない。あんたはここで真実を知っておかなきゃ、ずっと檻から出られない。こいつに利用されつづける」
低いささやきが耳を侵す。
ジュリアスの鋭い声が、そのささやきを払おうとするかのように飛んだ。
「戯れ言をまともに捉えるな、ヴィヴィアン。その卑しい男は、君をもてあそぼうとしているだけだ」
ヴィヴィアンは、さまよわせていた視線を鈍く上げる。かつての婚約者であり、王子であるその人を見る。
険しい顔――警戒しているような表情。
「……本当なの、ジュリアス」
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