12-1
館に着くと出迎えたアンナが目を丸くしたが、ヴィヴィアンは少し下がっているようにと優しく言い、ジュリアスたちを応接間に通した。
タウィーザが介入してくるのではないかと少し不安になったが、彼の姿はなかった。まだ眠っているのだろう。
応接間とはいえ、調度品の類はほとんどなく、ただ最低限のテーブルとソファがあるだけの部屋だった。
向かい合って座ると、ジュリアスが切り出した。
「不自由はしていないか。……いや、愚問か」
淡い苦笑が、その口元に浮かんだ。
ヴィヴィアンは言葉に詰まった。
――もう一度会えたら、話そうと思っていたことがたくさんあったはずだった。
なのにいま、そのどれ一つとして言葉に出てこない。
最後に会ったのは、この島にやってくる前だった。つまりは五年前だ。
あれからずいぶん長い時間が経った気がする。
ジュリアスの整った顔には、少し色濃い影が落ちているように見えた。
「……疲れているの?」
ヴィヴィアンは思わずそう問うた。
王子はかすかに目を瞠った。それから栗毛をかきあげ、微笑した。
「君は変わらないな、ヴィヴィアン。真っ先に私を気遣ってくれるとは。私は、会えばまず恨み言の一つでもぶつけられるのかと思っていたよ」
ヴィヴィアンは、あいまいな表情をした。
ジュリアスが言うほど心から気遣っているわけでもなければ、恨み言がまったくないというわけでもない。
けれどいまさら、恨み言を口にしてどうなるのか。まして、ジュリアスに責任があるわけでもないというのに。
「……本当に、君は変わらないな」
ジュリアスはそう繰り返した。その言葉にかすかな寂しさが滲んだような気がした。
灰色の瞳にかすかな罪悪感めいたものがよぎったように思え、ヴィヴィアンの胸にさざなみが立つ。
――やはりジュリアスは、自分を哀れんでくれているのだろう。
この境遇が不憫だと、この状況が悔しいと思ってくれているのかもしれない。
そうだとしたら、まだ少し救われる。
ヴィヴィアンは目を伏せた。久しく使われていなかった応接間のテーブルを目でなぞる。
このまま核心に迫らず、あいまいな会話にたゆたっていたかった。自分を理解してくれる話し相手に飢えているという自覚がある。空白の時間をただ手探りするような、無為で優しい時間に逃げたかった。
だが、ジュリアスはそのために来たのではないはずだ。
「……タウィーザという青年のことだけれど」
静かに、そう切り出した。ジュリアスの気配が張り詰めるのがわかった。
「彼が送り込まれてきたことを、あなたは知っているの?」
もしかしたら知らないところで、何か別の陰謀によって彼は送り込まれてきたのではないか。そんな推測を抱いて、問うた。
わずかに間があった。そしてそれは驚きのためではないようだった。
「あの男は、自ら志願して君のための贄となった。贄といえば少々大仰だが……要するに君の奴隷になりたかったのだ。《タハシュの民》なら君を敵とするかもしれないが……君の中に流れている血もまた、奴らにとって神であるものの血なのだ」
ヴィヴィアンは弾かれたように顔を上げた。
そんな、と言葉が喉に詰まった。
(タウィーザが、自分から望んだ……?)
耳を疑うような言葉だった。だが実際に彼に接した身としては、タウィーザが復讐というほど暗い情念に染まっていないことも、おそれ敬うほどの無垢さも熱心さも持っていないこともわかる。
ふいに、唇の濡れた感触を思い出す。
ヴィヴィアンはとっさに、唇に手をやって拭った。
(……悪ふざけに、決まっているわ)
あの行為に、それ以外の意味などきっとない。
あのほの暗く、翻弄するような――ただ甘く酔いしれるような血の味と、熱い体の向こうには、何があるのかわからない。
ヴィヴィアンは頭を振った。
それから、怪訝そうな顔をするジュリアスの目を見る。
「どうして、私のもとに送り込んできたの」
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