第7話 しずかとしょかんのルール

「あ~、いたいた」

 そう言って浅羽さんが現れたのは、僕が丁度、三冊目を読み終えた後だった。

「浅羽さん、ありがとうっ!」

「どういたしまして。……でも、何が?」

 僕は感激していた。

「僕を、こんな素敵な所に連れて来てくれて、本当にありがとう。……ああ、僕はこんな所を夢見ていたんだ。だれも僕の読書の邪魔をしない、こんな素晴らしい所を!」

「あー、あのー、もしもーし」

 放っておけば、歌でも歌い出しそうな僕を浅羽さんが止める。

「え、何ですか?」

「……今、他の人たちの読書の邪魔をしているのは、君じゃないかな、橘君?」

 本当に、すみませんでした。


「も~、しずかとしょかんの中では私語は厳禁なんだからね!」

 僕はしずかとしょかんの中で唯一、私語が許されている談話室で、浅羽さんからお説教を受けていた。談話室には中央に長テーブルとそれを囲むようにソファが二つ、学習机があった。

「そもそも、しずかとしょかんっていうのは、本が大好きな人たちが都会の喧騒から逃れて、静かに読書をする憩いの場なの。分かった?」

「……はい」

「なら、よろしい」

 先生みたいな口調になる浅羽さん。

「あ、そういえば、浅羽さん、僕にしずかとしょかんの紹介をする時、叫んでなかった? ワンダーランドって?」

 それはもう、お芝居の様に……。

「そっ、それは管理人特権だからいいの! それに、あれを言わないと、不思議の世界に来た気がしないでしょう?」

 浅羽さんは、少し顔を赤らめて言った。 

「ああ、うん、そうかもね」

「じゃあ、ここで、しずかとしょかん内でのルールについて教えるよ」

 そして、さらっと話題を変えた。

「……あ、はい」 

「まずは、さっきも言ったけど、私語厳禁。もし、本が好きな人同士で語り合いたいのなら、この談話室を使用すること。……あっ、そうそう、談話室はいくつかあるから、遠慮せずに使ってね。宿題とかテスト勉強をしてくれても構わないよ」

「宿題のワークとかって、この中に持ち込める物なんですか?」

 というか、どうやって持ち込むんだろう。

「自分が持ってきたいと思った物なら、大体持ち込めるよ。橘君、学校の図書館の本を持ってこれたでしょ」

「ああ、そういえば……」

 と、手元の本を見る。

「お菓子を持ってきて、談話室でパーティした人もいるし。飲食とか仮眠が出来るのも談話室だけ。最近Wi-Fiも完備したからパソコンとかで調べものも出来るよ」

 普通の部屋のように設置してあるコンセントの使い道はそれだったのか。

「Wi-Fiってどうやって完備したんですか?」

「うん、それは魔法的な何かでちょちょいっと」

「まあこんな異空間があるなら、魔法くらいありますよね」

 魔法とかオカルトに対して、僕は実際に見たり体験したこともなかったので、どちらかといえば否定的な考えだった。だが、こんな異空間に入ってしまったら嫌でも信じざるを得ない。

「どうやったかは企業秘密だから教えられないけど。……で、持ち込み禁止なのは危険物だけ」

「危険物って……」

「爆弾とかね」

「それは何処の施設だって同じでしょう」

「うん。人の迷惑になること禁止。あと、十二時間以上ずっと居るのもダメ。一日に何度も出入りするのもダメ。度が過ぎる場合は、私から注意にいくからね」

「つまり、一生籠りっきりはダメってことですね」

「うん、そういうこと。本を読んでると、ついつい時間を忘れちゃうことってあるからね~。半日なんて、すぐに過ぎちゃうんだよね」

 僕も本に夢中になって、気付いたら、かなり時間が経っていたという経験は多かった。

「僕もそんな経験よくありますよ」

「うんうん、そうだよね。登場人物に感情移入しちゃって、どんどん読み進めることが出来るの。それに、本の中の世界はとても魅力的で、私もその中に入ってみたい、あの人たちとお話してみたいって思うの」

 本当に嬉しそうに話すんだなあ……。

「浅羽さんは、本当に本が好きなんだね」

 彼女の話す様子から、その気持ちが伝わってくる。

「うん、大好きだよ」

 満面の笑みで答える浅羽さん。

 その笑顔は、僕が今まで見た中で、文句なしの最高の笑顔であった。


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