第6話 しずかとしょかんの管理人

 いろんな意味で衝撃的であった。

 浅羽さんから聞いた話によると、ここは「しずかとしょかん」という名の異空間らしい。

 現実空間とは時間の流れが異なり、ここで何時間過ごそうが、実際には一秒も経っていないという。

 世界各国の様々なジャンルの本が取り揃えられており、蔵書数はとてつもなくて数えていないそうだ。

 そして、本を愛している者しか入ることができない。

 説明を受けながらも、こんな空間がある事実が信じられなかった。むしろ、こんなファンタジーのような出来事を、すんなりと信じてしまえる方がおかしい。当然、僕も最初は驚きを隠せなかったが、現に今、僕は「しずかとしょかん」の中にいる訳だし、この不思議な空間が実際にあるのだと信じざるを得なかった。

 それに、更に衝撃的だったのは、浅羽さんのテンションの違いである。

 しずかとしょかんを紹介した時の、妙に芝居がかった口調。

 普段の浅羽さんとのギャップが凄過ぎる。

 まるで、別人なのだ。

「やっぱり、驚いてるよね~。学校での私のキャラとの違いに」

 敬語だったのに、いきなりタメ口になってるし。

「本当の私は、こっちだよ。私って人見知りだから、人とあんまり上手く喋れないんだよね」

「実は僕たちって、ちゃんと話すの、今が初めてですよね?」

 本を借りる時の事務的な会話しか、したことはなかった。

「うん。でも、橘君が本を大好きな人だって分かってるから、大丈夫だよ」

「あ、あの、浅羽さん」

「なあに?」

「何で、僕はしずかとしょかんに入れたんですか? 本が好きっていっても歴史小説くらいしか読まないし。古典とかは全然ダメだし」

 日本史と世界史以外は大体、平均点以下だし。

「別に全ての本のジャンルを網羅しなくちゃいけないわけじゃないんだよ。一つの分野をこよなく愛する人だっているでしょ。ここに来てる人だって、ライトノベルしか読まないって人もいるよ。それに、橘君、静かな所で本が読みたそうな顔してたから、招待してあげちゃった♪」

 顔に出てた? ……ん? 招待?

「しょ、招待ってなんですか?」

「だって、私、しずかとしょかんの管理人だもん♪」

「……へ? 管理人?」

 そんなニコニコ笑顔で言われても……。

「しずかとしょかんへの招待は、管理人である私だけの特権なんだよ」

「あ、あの、何で浅羽さんが管理人なんですか?」

「橘君は私が管理人じゃ不満?」

 少しシュンとなる浅羽さん。表情が豊かだ。

「い、いや、そういう訳では……」

「なら、良かった。えっとね、前は私のお祖父ちゃんが管理人だったんだけど、二年くらい前に引退しちゃって、私に管理人を任してくれたんだよ。私はお祖父ちゃんに負けないくらいの本の虫だったからね。……まあ、世襲制なんだよね」

「そうなんですか……」

「うん。……これで、何となく、ここのシステムは分かったかな?」

「ま、まあ、一応は……」

「じゃあ、早速本読まなきゃ。ここら辺ぜ~んぶ、歴史の本だから。はい、これ、しずかとしょかんのご利用案内と館内地図」

 そう言ってA4のプリント二枚を渡された。ご利用案内は手書きのゆるい書体とマスコットキャラクター的なものが親しみやすく図書館について紹介している。地図に描かれたしずかとしょかんは子ども向けファンタジー小説に出て来そうなダンジョンを想起させた。

「これは迷いそうですね……」

「ちゃんと案内板とかあるし大丈夫! それでは素敵な読書の時間をお過ごしくださ~い」

 ひらひらと手を振りながら、浅羽さんはどこかに消えて行った。

「……これだけあると、どれを読むか決めるだけでも一苦労だな」

 僕は、どこまでも無限に続いているような本棚を見渡して、呟いた。

 とりあえず、その辺を漁ってみると、古文書のような古ぼけた分厚い本がズラーッと並んでいることに気付いた。古書特有の名状しがたい匂いが漂っている。

「いつの時代の本だろう?」

 巻末の発行年が、慶長、となっていた。……え、江戸時代だ。どうやら、江戸時代の歴史書を現代の本の形態に収めたものらしく、中身は現代語では書かれていなかった。古文は苦手だが、江戸時代の言葉なら辛うじて何となく意味は掴めそうな気はしたが。

「ひょっとして、平安時代のとかもあるかも。その先も……」

 古事記とか、日本最古の書物が所蔵されていてもおかしくない雰囲気ではある。

「現代語の、出来れば、僕の好きな小説は……」

 浅羽さんから手渡された地図を見ると歴史小説がまとまっているエリアは、今いる歴史書エリアの二階下にあるらしい。浅羽さんが言っていたように「階段、エレベーターはこちら」という案内板があり、そこで示された方をしばらく進んで行くと、棚の端が見え。その先にはらせん階段があった。階の移動は棚の中心にある螺旋階段か、両端にある二基のエレベーターを使うらしい。

 螺旋階段を下り、やっとのことで歴史小説エリアに到着し、僕が読みたいシリーズの続巻を見つけた。

「やっと、見つけた……」

 さっき学校の図書室で借りた本の次の巻を手に取り、本棚の隅に設置されていた本を読むスペースであろう椅子に腰を掛け、本のページを開き、読み始める。

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