第5話 しずかとしょかん

 放課後。

 僕は図書室に向かった。

 図書室通いは習慣のようなもので、小学校の頃から続けている。少なくとも週に一回は訪れており、常連といえば常連と言えるかもしれない。

 そういえば、浅羽さんもよく、というか、いつも図書室にいるよな……。浅羽さんの方が常連だよな。ああ、図書委員だっけ。

 図書室のカウンターで本を返し、読みたい本を探しに本棚を物色する。

 僕がどんな本を読むかといえば、主に歴史小説か、あまり難しくなさそうな新書の本、たまに現代小説で気になった本、などだ。最近は平安から鎌倉に至るまでを舞台とした小説を読んでおり、陰陽師が出てくる作品が面白くて好きだ。何年か前に映画化もしており、中学の同好会仲間に勧められて読んでみたらハマってしまった。ちょうど高校の図書室にもシリーズが置いてあったので、有り難く読ませてもらっている。

「あっ、あった、あった」

 探していた本を見つけ、カウンターに持っていく。

 僕の読書ペースはそこまで早くない。多分どちらかというと、ゆっくりな方だと思う。以前、同好会の先輩にどのくらいのペースで本を読むのか尋ねてみたことがあるが、彼は文庫本なら一日で読んでしまえるそうだ。確かに、読もうと思えば読めなくもないが、僕はじっくりと情景を想像しながら読んでいきたい派なので、彼の真似は出来ないと思った。

 カウンターにいたのは、浅羽さんであった。

「あ、借ります」

 本のバーコードを読み取り、貸出手続きが行われる。

「はい、どうぞ」

 いつも、これだけのやりとりである。

 そういえば、よく浅羽さんに貸出手続きをしてもらうけど、ということは、彼女は僕がどんな本を借りているのか把握しているんじゃないか。……そう思うと、少し恥ずかしいな。

 本を受け取ろうとしたが、浅羽さんは何故か両手で本をガシッと掴み放してくれなかった。

 いつもとは違う反応。

「……あの、僕に何か用ですか?」

 ―――――沈黙。

 浅羽さんは僕の問いには答えず、手元の本をじっと見つめたままだ。

「あの~、あ、浅羽さん?」

 二人の間に再び沈黙が訪れる。

 困った。

「……歴史に関する本なら、ここ以外にもありますよ」

 と、唐突に、浅羽さんが口を開いた。

「付いて来て下さい」

 そう言いながら歩き出す。図書室のカウンターから出て、本棚の方へ手招きをする。

 僕は、よく分からなかったが付いて行くことにした。

 浅羽さんは無言でどんどんと進んで行く。僕も無言で後を追っていたが、ふと思った。

 ……図書室ってこんなに広かったっけ?

 既に、歩き始めてから二分以上が経過しているような気がした。

 おかしい、絶対におかしい。

 普通の学校の普通の図書室の本棚が、こんなに長いはずがない。

 すると、通りすがりに、六十代くらいの老人を見かけた。

 あんな先生いたっけ? いや、知らない。

 次は大学生くらいの女性とすれ違った。そして、うちの学校の制服ではない生徒までいた。

 どういうことだ?

「はい、ここです」

 浅羽さんの歩みが止まる。

「ここら辺ぜ~んぶ、歴史に関する本ですよ」

 腕を目いっぱいに広げて、嬉しそうに話す浅羽さん。

 ここら辺がどこまでなのか、明らかに、学校の図書室よりも高い本棚を見上げて、思う。

ここはどこなんだ?

 状況が飲み込めず立ち尽くす僕に、浅羽さんは言った。

「……まあ、普通は驚きますよね」

 その口調はどこか慣れたようだった。

 そして、衝撃的なことを言い放った。

「ここは『しずかとしょかん』……。本好きの本好きによる本好きのための図書館。本ラブなあなたにとっての憩いの場。本を愛する者しか入ることの許されない聖域。本の虫にとっての天国。……まさに、本のワンダーランドッ‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る