第2話 宇宙飛行士
いつからだろうか。
人の話し声を騒音だと思うようになったのは。
昔、少なくとも中学時代までは、そんなに気にしていなかったように思える。
騒音に対するストレス強度が低下したことの原因。
その一つは、ただ単純に、周りの話し声を許容できない僕の心の狭さにある。
「大層な名前が付いている割に、本人がそれに伴っていない」
中学の頃、同じ同好会に所属していた人に言われた言葉は、実に的を射ていた。
宇宙と書いて、ソラと読む。
普通に空でも、少し格好つけて蒼空でもなく、宇宙。
この漢字をあてられた所為で、「ウチュウ君」とか「ウチュウジン」などというあだ名を付けられ、何度からかわれたことか……。
命名者は、父。
父は自分が付けたこの名前をえらく気に入っているようで、何かにつけて由来を話したがる。
「宇宙の様に広い心と、人々を包み込む愛情を持った子に育って欲しい。……そして、宇宙飛行士にでもなってくれれば良いなぁ」
生まれてから何千回と聞いたこの文言はもう暗唱できるまでになっていた。
親が子に、自分が叶えられなかった夢を託すのは世の常であり、我が家も御多分に漏れず、といったところで、まあ名前と共に親の期待を背負わされてしまった訳だ。
宇宙飛行士を夢見て、果たしてなれるか? 無理に決まっている。そもそも僕はなりたくないし、当の父も今はしがないサラリーマンだ。
確かに、プラネタリウムに何度も連れて行ったり、流星群が見えるという日は山で星空観測にも出掛けたり、と幼少期からの英才教育は惜しまなかったようだが、そう思い通りにいくはずはない。それは単なる父との楽しい思い出の一つで、遊園地での思い出と同列に並べられるだけだ。宇宙飛行士を志すまでにはならない。
それに、成長するにつれて段々と父のことが鬱陶しくなり、僕は父に反抗的な態度をとるようになった。所謂、反抗期だ。実際、プラネタリウムは毎週のように連れて行かされて飽きてしまったし、星空観測も山に登るのが面倒であった。
そして、いくら能天気な父といえども、自分の息子が宇宙の誕生のビッグバンとかブラックホールの話になんて興味が無いということに、薄々気付き始めた。
橘宇宙は、宇宙飛行士になんてなれない。なろうとも思っていない。
そう分かった時、父は僕にきっと失望しただろう。
それから「宇宙飛行士にでもなってくれれば良いなぁ」は、僕に対する嫌味に変わった。
父が時折口にするこの言葉が、呪いのように、何だかよく分からないもやもやとしたものを僕の心の中に堆積させていく。
一つのストレスの原因となっていく。
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