先輩ズと映画館②

・前々回登場した塩屋れおはVtuber好きの女性記者です。今後の登場は未定です。

・キャラ紹介に「湯谷すず」の項目を追加したのでよければご覧くださいませ。





 事務所の先輩に映画鑑賞のお誘いを受けました。

 初めての先輩とのお出かけ。

 わくわくしないわけがありません。

 すでに集合していた先輩方は、中谷先輩、戸村先輩、戸塚先輩、イラストレーターのlippinさんの4名。

 他の同期はいなかったので、新人歓迎会っていうわけではなく、単純に一緒に遊びたいと思ってくれたのだと自惚れてもいいのだろうか。

 ふと思ったのだけれど、先輩方と私の同期の関係性はどうなっているのだろう。

 というのも、デビューしてから同期とはコラボはおろか話したこともないので、ベールに包まれてるんだよね。

 とはいえ自分と同じ時期にデビューした人に興味はあるし、知っておくべきだと思って配信を観たりはしたんだけど、配信で見えるものが全てではないから。実際のところはどんな人達なんだろうという興味はある。

 そのうちコラボとかもできたらいいな。緊張するけどね。


 今回先輩とご一緒することになった映画鑑賞。

 その映画は、最近話題のアニメだった。

 大手アニメスタジオの最新作とあって公開前から注目度は高く、超人気アーティストを主題歌に起用するなど、今一番注目されている作品と言ってもいいだろう。

 一人だったら逆張り精神が邪魔して観ることはなかっただろうけれど、気にはなっていたのでこうして先輩方と鑑賞できるのは素直に嬉しい。

 私はこういう触れ合いを求めていたのかもしれない。


 私達は集合場所から徒歩十分くらい歩いた場所にある映画館に入っていった。初めて利用するところだけれど、なかなかいい雰囲気。

 基本的に映画館の雰囲気は好きなんだよね。

 他愛もない談笑をしつつ受付の人にチケットを切ってもらい、シアターに入室する。

 少し早めについたので、まだ他の映画の宣伝は始まっていなかった。

 私は真ん中の席で、ちょうど戸村先輩と戸塚先輩に挟まれる形になった。

 戸村と戸塚に挟まれる高谷。


「ジュース買ってくるけど、何かいるものある?」

「あ、私は別にいいです」

「私ポップコーン塩味」

「もうすぐご飯だからいらないかな」

「オッケー。美玲は?」

「有紗の愛がほしい」

「じゃあlippinのポップコーンね。行ってくる〜」

「おーい、有紗ー。愛してるぞー。愛から逃げないでー」

「あはは……」


 中谷先輩と戸村先輩っていつもこんな風なのかな。

 他のお二人は慣れているみたいで、普通にスマホを弄っていた。

 映画が始まるまでまだ少し時間あるし、私もなにかしてようかな。

 ていうか、せっかくだから先輩とお話したいような気もするんだけど……。

 こんな風に思うのは自分だけなんだろうかと思うと、無性に寂しくなった。

 と思っていると、私の空いた隣に中谷先輩が座った。


「楽しいね〜」

「あ、はい!」


 楽しいかと聞いてくるのではなく、楽しさのシェアをしてくれるのがいいなと思った。


「映画が始まるまでの時間って暇だよね」

「確かに……カフェでゆっくりしてるのとも違いますし」

「lippinもずっとスマホ弄ってて構ってくれないし。映画観にきたのにへらりそう」

「もうへらってんじゃん」

「わかるでしょ? 私みたいなタイプは一人にしたらだめって」

「あーはいはい。じゃあ何話す?」

「違うじゃん……そういうのじゃないじゃん……なんかそんなめんどくさそうにされるの傷つく」

「美玲ちゃんめんどくさい」


 戸塚先輩が突っ込んだことで、中谷先輩のターゲットが戸塚先輩に切り替わる。


「やだやだー! めんどくさいとか言わないでよー! そういうこと言うから余計へらるんじゃん!」

「彼女か……?」


 私はお二人のカップルのような会話に挟まれる形で、映画の上映を待った。



          *



「物凄い虚無感」

「わかる」

「色んな感情が衝突事故起こしてる」

「世界は救われたんでしょうけど……胸に引っかかりが残る結末でしたね……」

「光あるところに闇がある」

「なんかこのまま帰るの嫌だな……その辺のカフェで語らない?」

「いいやん! あ、この後配信だった」

「私もこの後配信が……」

「みんな配信かあ。じゃあこのまま帰ろうか」

「そうやね」

「でもさ、なんか胸がざわついてるから後で電話かけてもいい?」

「誰への言葉? それ」

「誰でも」

「「「「………………」」」」

「私嫌われてないよね?」

「……は、配信の後ならいけます!」

「陽南ちゃん〜〜。よかった、トラウマになるところだった」

「大げさだって」


 中谷先輩が傷つくことを回避するべく名乗り出た私に感謝の言葉を述べる先輩に、lippinさんが軽く突っ込みを入れる。

 私が思うに、中谷先輩は決して邪険にされているわけではないのだろう。

 もしそうならこの場にはいないと思うし、今日の先輩方のやり取りを見ていても嫌われているとは感じなかった。

 要はそれぞれの距離感があるということである。

 よく、アイドルグループメンバーのTV番組での振る舞いだけで判断して不仲だとか○○営業だとか決めつける人がいるけれど、実際の本人がTVで映る姿そのものであるわけもないのにどうしてそんなことが言えるんだろうと思っていた。

 だからこそ、この場面だけを見て不仲だなんて思わないし、むしろ気兼ねなくできる関係性なんだろうと理解する。

 でも、次の瞬間には……。


「ねー! これ見て見て! このコップ可愛くない?」


 中谷先輩はグッズコーナーに夢中になっていた。

 自由な人だな……。



          *



 先輩方と別れて、電車内。

 座れるスペースがあったのでそこに座り、イヤホンをつけて先輩の配信を観ていると、あるチャンネルが目に入った。


 Akine ch.萬田まんだ翠音あきね【みかくら高校に落ちた女】


 それは、私が所属する事務所の名前を使っているVtuberのチャンネルだった。

 私から見ても、無断使用であることは明白だった。

 こんな恐れ知らずの人がいるんだな……。

 落ちたという言葉を使っているということは、4期生のオーディションを受けたのだろうか。

 こういうのは道徳的にどうなのだろう。

 よくないと思いつつ、私は好奇心に勝てなくてその人のチャンネルに飛んでみた。


 ふーん、この人は個人勢で、主に企画系の配信をしているらしい。

 サムネも特徴的で、Vtuberのサムネによく見られる本人の2Dモデルと文字という形ではなく、従来のYouTuberのようなシンプルなテイストのものが多かった。

 多かったと言っても、数日前に初配信のアーカイブが投稿されているので動画としては4つだけれど。

 それに、2Dモデルも用意できていないらしく、急ごしらえで作成したと思われる少女のイラストを使用していた。


 一応見た目に関して触れておくと、一言で表すならクール系美少女。

 黒髪のツーサイドアップが特徴的で、緑色を基調としたパーカーが本人の気怠げな雰囲気にマッチしている。FPSとか得意そうだ。

 ただ、やはり美麗な2Dイラストではないためか再生数は伸びてはいないようだった。

 それはそれでいいのだけれど……なんだろう、この既視感。

 この人のことは今まで知らなかったのに、前から知っていたような、そんな不思議な感覚が私を襲った。

 言葉に言い表せない違和感の正体を探るため、私は画面をスワイプして萬田さんのサムネを一つ一つ確認していった。


 そして私はあることに気づく。

 これ……みかくら高校ライバーとサムネのテイストが一緒だ。

 サムネだけじゃない。よくよく考えてみれば、企画内容からネタの方向性から取り上げる話題まで、4つあった動画は全てみかくら高校を意識……なんてものじゃないな、真似しているとしか思えないのだ。

 それを言ったら、チャンネル名だって酷似している。

 我が事務所所属ライバー達のチャンネル名は「(名前のアルファベット)ch.(ライバーのフルネーム)【みかくら高校○期生】」で一貫されている。

 その形式自体は別に珍しいものでもなく、他Vtuberのチャンネルでもよく見られるものだけれど、ここまで条件が揃うと偶然とも思えない。

 タイミング的にも4期生デビューと被せたのだろうけれど、ここまであからさまにするのは逆にすごい。

 この人は一体どこを目指しているのだろうか。売名目的もありえるが……。


 うへー、こんな人がいるんだな。

 チャンネル名は良いにしても、サムネから配信内容から取り扱うコンテンツまで同じとなったら、事務所がクレームを出してもおかしくない。

 ただ、この人はまだ規模が小さいから事務所からクレームを入れることはまずないだろう。これで登録者が10万人とかなら流石に黙認というわけにもいかなくなってくるかもしれないけれど。

 絵の世界ではトレス問題が取り沙汰されるけれど、Vtuberの世界でもこういうことはあるのだろうか。

 私は微妙な気分になりながらも、ブラウザバックした。





 ※次回友ちゃんソロ配信

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る