先輩ズと映画館①
前回までの変更、修正点
・4期生の先輩コラボ解禁→1週間から2週間に変更
・主人公の年齢を27歳と誤表記していたのを28歳に修正
変更や間違いが多くてすみません...
Vtuberデビューしても、仕事に行かなくてはいけない。
先輩には怒られるし、子どもは有り余るパワーをぶつけてくるし、逃げ場のないストレスが私を襲う。
これまでは特に必要性がなかったので触れてはこなかったけれど、私の職業は幼稚園教諭である。
子どもの保育はもちろんのこと、親御さんに気を遣ったりイベントの準備に追われたりとなかなか大変な仕事だ。
色んなことがあるけれど、それをいちいち話していてはきりがないのでまたいずれ。
これまでは仕事が終わったら心身ともにへとへとで帰宅して、ああ今日も怒られたなとか引きずりながらご飯食べてお風呂入って、YouTubeを観ながら寝るだけの廃人のような毎日だった。でも今は違う。
私にはYouTubeがある。キラキラと輝く画面の向こうの人たちと同じ舞台に立つことができる。
だから、以前ほどの悲壮感はなかった。
記念すべき? 初配信から丸四日が経った。
柚原さんからも今日は絶対に配信してくださいと釘を刺されているし、どうしたもんかな……。
その時、個人のディスコードに1件のメッセージが入っていることに気づいた。
それはすこる先輩からだった。
『いつ空いてる?』
それだけの短いメッセージだったけれど、私は先輩からアクションをもらえたことに少なからず浮かれた。
しかも、内容的に業務連絡じゃない!
これ、どこかにお出かけしませんか的なやつだ!
『いつでも!!あ、平日は夕方からなら基本空いてます!!』
嬉しくて思わずすぐ返信しちゃったけれど、少し圧が強かったかな……?
ビックリマークつけすぎて暑苦しいとか思われたらどうしよう。
若干の後悔をしていると、数分後に先輩からメッセージが返ってきた。
『例えば今日とかは?疲れてるよね?』
今日……!
正直疲れてないと言えば嘘になる。
でもそれよりも、先輩に誘っていただけたという喜びの方が大きくて。
これは私の道理なんだけど、仕事で心をすり減らしたまま明日の朝を迎えるよりも、多少疲れてても友達とかと遊んでストレスを楽しい気持ちで上書きしたいと思いがちなのだ。
つまり、断る理由はない。
『大丈夫です!遊びに行くんですか?』
『そう?映画観に行くよ』
『お供します~~~~』
『わかった。地雷とかある?一応』
『地雷とまではいきませんが恋愛ものは感情移入できないので苦手ですかね...!』
『おっけー!あ、他に人いてもいいよね?みんなみかくら高校の人だから』
『もちろん大丈夫です!何時にどこ集合ですか?』
職場の先輩と映画観に行くなんて初めてだ……。
どうしよう、楽しみすぎる。
誰かと遊びにいくことなんかなくても、見栄でそこそこの服買っておいてよかった。
まだ先輩とコラボもしてないのに、先輩と遊びに行くことになった。
もう夕方だし遅くまでは無理だけど、すごく楽しみだ。
あと、配信のネタにもなりそうだし。
……ていうか今日のスケジュールやばくない?
*
「こんばんはー」
「あ! 陽南さんだー!」
「え、どこどこ?」
「あと一人って高谷さんだったのね」
「えー! かわいー!」
集合場所に集まると、私は既に集まっていた先輩たちに揉みくちゃにされた。
特にすこる先輩の圧が凄かった。
会って早々私に擦り寄ってきて肩を揉んでくるし、耳元で話しかけてくるし、たじたじになってしまう。
集まっていたメンバーは以下の方々だった。
すこる先輩(
そして皆さん当たり前のように私を本名で呼んでくる。
なんとなく思ったんだけど、本名で呼ぶ時とVtuberとしての名前で呼ぶ時ってどこで切り替えてるんだろう。
切り抜きとかでは、配信が始まっていることに気づかなくてVtuber同士が素の状態で会話をしているのをよく見かけるけれど、その時点でVtuberの名前で呼び合ってたんだよね。
事故防止のためにも、割と早い段階でVtuberの方に意識を向けるのかもしれない。
結構メタいことばっかり言っちゃってるけど。
ちなみに、活動と区別するためにもここからは本名呼びに変えさせてもらう。
「私とりーやん(有紗)以外は初めましてだよね?」
「ですです! 友ちゃん役? の高谷陽南です。今日は呼んでくださりありがとうございます!」
「役!? 本人でしょ!」
「あっ……」
戸村先輩に突っ込まれて、はっとした。
そうか、キャラクターに声を入れているだけの声優とは違ってVtuberは本人なんだ。
いわゆる、「中の人などいない」というやつである。
ちゃんとその辺りは徹底しているんだな。
「うちら普通に実写で出ちゃってるしね。開封枠とかも手元映すし……まあ線引きは人それぞれだけど、私はもうオールウェイズ洲古すこるって感じ! その方が分かりやすい!」
「なるほど、勉強になります!」
月並みな言葉だけど、流石先輩だなって思った。
中谷先輩らしいというか。
奈央が聞いたら喜ぶんじゃないかな。
「ほらほら、二人とも自己紹介しなよ~」
中谷先輩のアシストに、名前を存じないお二人は顔を見合わせた。
やっぱり中谷先輩が中心なんだろうな。
「じゃあ私からでいい?」
「いいよー」
「霊岳カタルです。またの名を
「あ、カタル先輩なんですね! あの、アーカイブ観ましたよ。なんかトンネルで怪談朗読してましたよね」
「うんうんしてた。楽しかったよ」
「こいつ変人だからなー」
「美玲ちゃんにだけは言われたくない」
「私はlippinです。イラストレーターしてます」
「あ、そうなんですね。ていうか聞いておいてなんですけどこんなところでお話してていいんでしょうか……? 人目とか……」
時間が時間なだけに空は夕暮れだけれど、人通りは多い。
もしその中にみかくら高校のことを知っている人がいたら、声とか名前でバレてしまうんではないかとひやひやした。
しかし先輩方はそんなことお構いなしのようだった。
「あー、大丈夫大丈夫〜。案外バレないって」
「うちらそんなに有名じゃないしね。ていうか一回「え? もしかしてつまりちゃん?」って言われてみたいわー」
「それなー。ネットの世界と現実は違う……百合好きの女の子なんていないし」
「うんうん」
「女の子のファンなんかネットでしか見たことないし……女の子ファンってどうやってつけるんや……」
「うちらそもそも女性受けはしないだろ。明らかに女性リスナー切り捨てていってるじゃん」
「たしかにな。うちらどう考えても女のイ・ロ・ケで勝負してるし」
「いやシンプルにキモいだけやろ」
「なんでそんな傷つくこと言うの? ねえ私キモくないよね?」
中谷先輩が縋るような視線を向けてくる。
それは、自分がキモいはずはないと信じている純真たる瞳だった。
しかし、私がかけられる言葉は一つのみだ。
「配信中にオホ声出すのとかはやめたほうがいいかもしれません……」
「ほらね」
「うそー! だって、みんなが求めるから……私のオホ声をネ」
「君のはキモいんだよ」
「ちょ、lippin!? 言葉の刃!」
「視聴者へのセクハラよね」
「はいはーい! 自然に出てしまうものをハラスメントと言うならおならハラスメントだってありますよねー? そこについてはどうお考えかお聞かせいただいてもよろしいでしょうかー?」
「おならは生理現象だろ」
「それだったら私も生理現象ですー」
「だったら寝てるときにオホ声出すのか? 生理現象なんだったら。出さないよね? はいロンパー」
「そんなの論破にならないですー! 寝てるときにオホ声出しますー!」
「出さねえだろ!」
公衆の面前でオホ声を連呼する成人女性二人。
きっかけは私だけれど、こんなに議論が白熱するとは思わなくて周りに聞こえてないかひやひやしてしまう。
「まあこれがずっと続くと思ってもらえればいいから」
いつの間にか近くに来ていた戸塚先輩が悟ったような顔でそう私に告げたのだった。
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