代理でも推してくれますか?①

 デビュー当日。昨夜は緊張でまともに眠れなかった。

 ただ、朝になるといい加減観念してデビューへの気持ちもある程度固まった。

 今日から私はみかくら高校の4期生。全く実感が湧かない。

 急遽デビューが決まったので、同期組とはまだ一度も話せていない。

 ただ、どんな人達なのかは少しは知っている。昨夜、どうしても眠れなくて、ちょっとだけまとめサイトでみかくら高校4期生についての記事を読んでしまったのだ。

 そこに書かれていた話によると、井手駒こますさんと蓮道寺かくりよさんは別のグループからの引き抜きらしい。

 どうやらそれはみかくら高校では初めての試みらしく、運営は4期生にかけているのではと推測するコメントもあった。

 それを見た私が思ったことは、「え、私エリート集団に放り込まれるの?」である。

 デビューする本人がこういうサイトを見るのはあんまりよくないと思って早々にブラウザバックしたのでどこのグループかまでは確認できなかったけれど、引き抜きされるくらいだから高スペックなのは間違いないわけで。

 そんな人達の中に放り込まれる一般女性。しかも配信経験さえない。

 スタートは一緒だけれど、そもそもの能力に差があるって結構キツイなあ……。

 でも、そんなこと言ってられない。

 能力に差があるなら、せめて差を広げられないように必死にしがみつけばいい。

 よく、人の倍努力するというけれど、私はそれはできそうにないから。

 推してもらえなさすぎて配信が立ち行かなくなって運営さんに「あなたみたいな無能はクビです」なんて言われないようにしないと……!


 ※運営はそんなこと言いません


 配信までの時間を考えると憂鬱になるので機材の確認など他のことをして過ごしていると、LINEの通知音が鳴った。

 確認すると、それは会社の同僚である杉川さんからだった。

 嫌な予感がした。恐る恐るメッセージを確認した私は、そこに書かれていた内容に絶望した。


『おはようございます。高谷さん、お休みのところ申し訳ないのですがヘルプお願いできませんか?岸田さんが体調不良で早退してしまいかなりピンチです』


 それは私に対する出勤の打診だった。

 いや、行けるわけない!

 だって、今日の夜にデビュー配信があるんだよ?

 そんな日に出勤するやつなんていないよ!

 職場の皆には申し訳ないけれど、流石に断らせてもらう。

 ていうか、他にも職員はいるんだから分担すればよくないか?


『おはようございます。すみませんが今日は大事な用があって難しそうです。他の方と分担はできないんですか?』

『それが今日は体調不良で二人休んでいて、ギリギリで回していたところに岸田さんも早退してしまったので今かなりバタバタしてて。その用事って何時からですか?時間をずらしてもらうとか可能ですか?』


 うちの職場体調不良多すぎ!

 でも、まだ配信まで時間があるのは事実。

 職場が人手不足で大変な時に家でゆっくりしてるのもそれはそれで罪悪感を受ける。

 もし、ここで出勤すれば職場の人達に喜ばれるだろう。

 ただ、出勤してしまうと帰りが何時になるか……。

 私の配信は二十一時から。少なくともその三十分前までに帰ることができたら問題はないのだけれど。


『二十一時からです。時間厳守で、これに遅れるとかなり困ります。』

『それなら大丈夫ですね。ヘルプお願いしますね。』


 おいいいい!!

 何をもってして大丈夫なんて言葉が出るのか。

 家から職場までの距離と配信準備の時間を考えると少なくとも十九時三十分には退勤する必要があるのだけれど、正直際どいと思う。

 私が出勤したことでもし配信に遅れてしまったら、どんな恐ろしいことが起きるか。

 そんな危ない橋は渡りたくない。

 でも、と私は思考を整理する。

 これで配信を優先してもし行かなかったら、職場の人に薄情なやつだと思われるかもしれない。少なくとも良いイメージは持たれないだろう。

 私の事情に寄り添ってくれる人ばかりじゃないのだ。

 よりによって、こんな日に三人もいないなんて……幸先不安にも程がある。

 仕方ない、と私は心を決めた。


『分かりました。でも先程お伝えした時間には絶対遅れられないので、諸々の時間を考慮して十九時三十分までには退勤させてもらいます。それでもよければ』

『よろしくお願いします。本当に助かります。』


 本当に大丈夫なのか……。

 まあ、杉川さんに事情は伝えたしなんとかなる……と思いたい。

 そして送った後で、あることに気づいた。


「あ、同期の配信リアタイできない……」



 * * *



「高谷さん、来てくれたんですね」

「半ば強制じゃなかったですか?」

「快く応えてくれてありがとうございます」

「あのねー」


 こいつ。断れないと思って。

 杉川さんに心の中で恨み言を吐きつつ、私は自分の業務に入った。



 * * *



 仕事を終えた私は更衣室に飛び込んだ。

 時間的にはかなりギリギリ。十分後の電車に乗り遅れたら遅刻する。

 本当は時間を延長させられそうになったのだけれど、杉川さんが先輩に事情を話してくれてなんとか予定の時間までには退勤することができたのだ。

 職場は確かにかなりキツそうで、私が来なかったらヤバかっただろうなと理解した。

 でもピークは夕方頃までで、それ以降は書類整理とかだったのでなんとか、という感じ。

 とにかく今は十分後の電車に乗り遅れないように急がないと!

 私はスマホを見る暇もなく、嵐のように着替え終えて職場を後にした。

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