初配信に向けて③

 ◇前回のディスコード部分を少し補足

 ディスコードでの会話に洲古すこるは参加していません。多分お風呂入ってるか寝てます。なので陽南にレスしてたのは他の先輩です。

 以上補足でした。





 この間までお正月だと思っていたのにあっという間に日は過ぎて気づけば受験シーズン。

 私にもそんな頃あったな、なんて世間の流れに思いを馳せる暇もなく、ついに明日、私は「愛瀬あいせ七綺ななき」の代理としてVtuberデビューする。

 愛瀬七綺とは、みかくら高校からデビューが予定されているVtuberである。

 その魂を吹き込むのは、高校生の頃の友人、白水奈央。

 彼女はみかくら高校4期生オーディションに合格したものの、不慮の事故によって入院生活になり、それが仇となりデビューの話も立ち消えそうになるという二重苦を背負うことになった。

 そこでかつて親交のあった私に縋り付いてきて、自分の代わりにVtuberデビューしてほしいとか言い出して。配信経験はおろかVtuberの知識もろくにない私に。

 結局なし崩し的にOKしてしまったけれど、なんの勝機もプランもない中、広大なバーチャルの海を泳いでいくことができるのか。

 バランスを崩して溺れるかもしれないし、荒波に揉まれた末に漂流するかもしれない。

 その先にあるのがどんな景色であったとしても、引き受けてしまった以上はいい加減なことはできない。

 全くの未知の世界で、先輩方のお力は借りられるかもしれないけれど、原則は一人で頑張らなければならないのだ。


 配信に必要な機材は昨日のうちに事務所で借りてきた。

 私は元々デビューする予定はなかったから、事務所の人が特別に機材をレンタルさせてくれたのだ。

 正直そこは一番気になっていた部分だったので、全部自分で揃えてくださいとか言われずに済んでよかった。

 あとは心の準備だけだ。正直、配信の練習とか何をすればいいのかも分からないしそこはぶっつけ本番でいくしかないと思っている。

 私には、正式デビューできる人たちのようなセンスも発想力もないのだ。

 他の先輩方のデビュー配信を拝見して、どんなことをすればいいのか学ばさせてもらおうかなとも思ったけれど、余計緊張しちゃいそうだったのでそれはやめておいた。

 それでもどうしても落ち着かなくて、私はだめだと思いつつ奈央にメッセージを送ってしまった。


『いや緊張するわ吐きそう』


 すぐに返信が来た。


『それは申し訳ない』

『いや謝らなくていいよ。ただ、クソ緊張して潰れそうだったから話し相手になってほしくて。病人にすることじゃないよね』

『話し相手なるよ。私も暇だし。入院て言っても体が動かせないだけで体調は良いから』

『助かる。でも無理だけはしないでね』

『分かってる。早く退院したいしね』

『怪我の調子はどう?』

『うん、治ってきてる。この調子だとあ一月もあれば退院できるって』

『それはよかったよ。退院したらデビューするんでしょ?』

『うん、絶対する』

『それまで私が繋いでみせる』

『本当にありがとう。陽南には感謝してもしきれない』


 だめだな、どうしても奈央に感謝される流れになってしまう。私はそんな一方的なコミュニケーションをしたいわけじゃないんだ。

 なんの話題がいいだろう。病院食はどんな感じとか? いやそんなの聞かれても楽しくはならないか……。

 それなら、と私は奈央が食いつきそうな話題を振った。


『みかくら高校の先輩方と会ったよ』

『え、マジで。会ったの?ボイスチャットで話したとかじゃなくて』

『そう。一期生の人たちと事務所でね』

『いいなあ』

『どんな感じだった?』


 私は事務所で先輩方とお会いしたときのことを反芻した。


『洲古すこる先輩の圧が凄かった』

『あ〜wあの人は凄いよね』

『うん。なんか輪の中心って感じ。でも良い人だったよ』

『可愛かった?』


 奈央が思春期の少女のようになっている。

 余程好きなんだろうな。


『可愛いっていうか美人って感じかな。あ、でもどっちかというと可愛い寄りかも』

『なるほど』

『うん』

『この際言っちゃうけど、私すこるちゃん推しなんだよね』

『あ、そうなんだ。だからそんなに食いついてきてたのかw』

『隠せてなかった?w』

『好きなんだろうなって感じてたよw』

『うそ、恥ずかしい』

『こんなこと聞くのは野暮かもしれないけど、洲古先輩のどういうところが好きなの?』

『うーん、なんか気づいたら推しになってて、推しだなあって自覚した辺りからすこるちゃんの全部が好きだったかも』

『あ、それ分かるかも』

『わかってくれる?嬉しいな!』

『うん。それで――』


 私達は時間も忘れて年頃の乙女のように語らい合った。

 こうしていると、十年以上話してなかったのが嘘のようだった。


 体調が良いとはいえ、病人である奈央にいつまでも相手をさせるわけにはいかない。

 私は会話の盛り上がりが落ち着いたところで、奈央にお礼を言って会話を終えた。

 奈央、楽しそうだったな。憧れの事務所に合格したのにこんなことになってしまってさぞかし落ち込んでるかと思ってたから、少しは安心した。

 そんな奈央の夢を壊さないためにも、私も頑張らないと。

 私はスマホのスケジュール管理アプリを立ち上げて、明日の予定を確認する。

 明日のデビュー配信は二十一時から。デビュー配信はそれぞれのチャンネルで行われ、二十時から蓮道寺かくりよさん、三十分後の二十時三十分から井手駒こますさん、そしてさらに三十分後の二十一時から私――友ちゃんの順番となっている。

 私をトリに抜擢した人、恨むぞ。

 とにもかくにも、その予定通りに配信内で自己アピールをしなくてはならない。

 与えられた時間は三十分。長い。専門学校に通っていた頃にゼミで好きな映画についてプレゼンした時よりもずっと。

 まあ、これに関してはなんとかなるだろう。

 実際は三十分でも、始まったら時間とか気にしてる余裕はないし尺が足りなくて困るということはないはず。

 とりあえず、配信で使うかは分からないけれど、私(友ちゃん)のプロフィールでもまとめておこう。


 そんなこんなで時間は過ぎていき、気づけば夕方に。

 プロフィールをまとめるだけにするつもりが、興が乗って他にも色々していたらこんな時間になってしまった。

 なんか一生懸命準備していたら、緊張が和らいできた気がする。

 せっかくだから、先輩方の配信を観てVtuberとはなんたるかを学んでおこうかな。

 そして夜は更けていった。




* * *




 カーテンが閉め切られた薄暗い部屋。辺りにはゴミ袋や食べかけの弁当が散漫している。

 そんな綺麗好きが見たら発狂しそうな部屋の中心で、PCの画面を凝視する女がいた。

 女の表情は暗く、力も入っていないように見える。

 そんな彼女が見ていたのは、みかくら高校の公式Twitterだった。

 そこには、事務所から新しくデビューするVtuberを紹介するツイートが表示されていた。


「はあ……結構頑張ったんだけどな……しかもこの子……すごい可愛い。どんな人なんだろ……」


 女は蓮道寺かくりよというVtuberのイラストを見て憂いの表情を浮かべる。

 しかしそれも束の間、女はキーボードを軽やかにタップし、とある絵師のDM宛てにメッセージを入力した。


『突然の連絡失礼します。Vtuberモデル有償依頼のツイートを見て興味が湧いたので連絡差し上げました』


 みかくら高校の4期生デビューを明日に控えてVtuber界隈が沸き立つ中、誰にも知られることなく、一人のVtuberが生まれようとしていた。





※次回から一章最終パート!

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