1期生との初対面②

「初めまして。高谷さんをマネジメントさせていただく柚原ゆずはらです。よろしくお願いします」

「不束者ですが何卒よろしくお願いします!」


 柚原さんはどう見ても20代前半の可愛らしい女性だった。

 Vtuber事務所のマネージャーさんだからかなんなのかは知らないけれどやたらと声が可愛い。顔も可愛い。顔採用かと思ってしまうほど。

 そんな女性に面と向かって微笑みかけられたものだから、女の私でも照れる。

 まあ私は一応Vtuber事務所所属のタレントということになるのだろうけれど、タレントである私よりもマネージャーの方が可愛いって少し複雑な気分だ。


「ゆずりん、高谷さんに色々教えてあげてね! あ、そうそう。高谷さん、今日は面接だから来てもらったけど、基本的にここは"収録現場"だと思ってもらっていいからね。ほら、公式企画の時とか3Dライブの時とか! 高谷さんが使うことはあんまりないかもしれないけど、一応!」

「あ、そうなんですね。わかりました」


 私が使うことはあんまりないと言われて、少し寂しさを覚えてしまった。

 でも、そりゃそうだ。私なんて配信実績も何もない、ただの"奈央の代わり"でしかないのだ。

 わかってはいても、いざ言葉で告げられると現実に引き戻されるなあ。


「社長、今って1期生の方達来てますよね?」

「うん。何か用事?」

「あ、私ではなく高谷さんなんですけど……一度ご挨拶に伺った方がいいかなあと……」


 1期生。あの、マスクとサングラス姿で夜の山に登って主釣りをしてた人達だ。

 その人達がこの事務所のどこかにいると思うと、不思議な感じがした。

 だってここはどう見ても普通のオフィスで、Vtuberの人達の存在を感じないから。

 と思って初めてオフィスの内部をしっかりと確認すると、若い男性が操作しているPCモニターに女性Vtuberのモデルが映し出されていることに気づいた。モデルの調整だろうか?

 そのVtuberは「みかくら高校」の公式ホームページで見た覚えがあったけれど、名前までは覚えていなかった。


「あ〜、確かに! 流石できる女。じゃあせっかくだから、ガワありで登場してもらおうか」

「ガワ……?」


 知らない単語が出てきて、純粋に気になって聞くと青崎社長は笑いながら「バーチャルの体ね」と教えてくれた。


 ああ、そういうことか。

 つまり、配信に映るVtuberの姿だ。それをガワ……? と呼んでいるらしい。

 Vtuber界のことをよく知らない私でも、それが"メタ"だということはわかる。


 ちなみに、青崎社長は面接が終わった後はずっとこんな感じだ。

 「こっちの方が楽」とのことだけれど、社長たる人にフランクにされるとそれはそれで緊張してしまう。

 と思ったところで、この人はYouTube配信もしていることを思い出した。

 配信をしていると、性格も明るくなるのだろうか。

 それとも明るいから配信をするのだろうか。


 ちなみに全然関係ないけど、青崎社長はすごく可愛い。

 なんでVtuberにならないのかなと思うほど良い声をしている、元気なお姉さんって感じだ。

 

「私行きましょうか?」

「ううん、私からラインする!」


 青崎社長はそう言うとスマホを出して、おそらく1期生の人達にメッセージを送っていた。

 左手で端末を持って右手でたどたどしくフリック入力をしていて、あんまりフリック入力に慣れてないんだなと少し微笑ましくなった。


「OKだって! どこか空いてるPCない?」

「社長、ここ空いてます」

「お、ナイスう! 高谷さんこっち!」


 少年のような青崎社長に手招きされて、私は一台のPCの前に向かった。

 そこで作業をしていた女性がカタカタとキーボードを打つと、モニターにスタジオが映し出された。

 そこには三名のキャラクターがいて、カメラ目線で手を振っていた。

 私はそれに釘付けになった。

 なぜなら、それは「みかくら高校」の公式チャンネルで見た人達だったからだ。

 いざこうして目の前に存在して、こちらの存在を認知されているのだと思うと少しむず痒い気持ちになった。


『どもども初めまして〜、先輩だぞ〜』

『いや、第一声それなん?』

『え、だめだった? 無難に好きな食べ物とか聞いたほうがよかったかな? えっとじゃあねー、ご趣味は?』

『お見合いかよ……もっとあるやろ普通』

『なんだよそれー、私が普通じゃないみたいな言い方してさー。いいですよ、どうせ私は変人ですよーだ』

『うん、まあそれはそうよな』

『はあ!? お前のほうが変人だろうがよぉー。pixivで「すこつま」のR18イラスト検索してたくせによぉー』

『おいやめろぉおおお!』

『ていうか待って、枡田ますだにぱがオブジェと化してるんだけど。ちょうどサイズ的にもいいし持ち帰っちゃおうかなー』

『会話に入る隙がない……』

『にぱは悪くない、悪いのはこいつだから』

『はー! んだよそれー! こっちは新人も来たことだし盛り上げようって思ってやってんのにさ、そういうこと言うんだ。いいもん、後で裏垢でヘラツイするから』

『それはマジで好きにしてほしい』

『ぐはっ、にぱー、つまりが冷たいんだけどどうしたらいい?』

『私に聞かんでくれ……』


 す、すごい。流石は配信者だ。

 挨拶代わりと言わんばかりのこのマシンガントーク。

 私はただ圧倒されるばかりで、そのトークの雨に打たれることしかできなかった。


 これが、1期生との出会いだった。

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