30歳を前にしてVtuberにさせられそうです②
『え?どういうこと?』
そう返す他なかった。
整理する時間が必要だった。
高校の友達から十数年ぶりにラインが来て、Vtuberになるって言われて。
それなら友達として応援しようって思っていたのに、なぜか私に代わりにVtuberになってほしいって言われ。
混乱しない方がおかしいだろう。
『いきなりこんなこと言われて驚くよね。本当ごめん』
『いや、いいのよ。いいんだけど詳細が知りたい。どうして私が奈央の代わりなの?』
『うん。もちろん。』
『実は私事故しちゃって配信できなくなっちゃったんだよね』
『え、大丈夫なの?』
『大丈夫だよ!でもしばらく入院生活が続くから…流石に病室で配信するわけにもいかなくて事務所の人に連絡したんだけどこのままだと採用の話が立ち消えちゃいそうなんだ』
『そうなのか…』
『うん…でもどうしても諦められなくて。憧れの事務所だったんだ。仕事の合間合間でずっと準備してダメ元でオーディション受けて、奇跡的に合格できて。それなのにこんなことで終わりたくないの。自分勝手なのはわかってる。でも陽南以外に頼める人いないんだよ。陽南、私の夢のために引き受けてくれない?』
私は考えた。
奈央の言うことは分かる。Vtuber事務所に受かるのはそんなに簡単なことではないだろうし、そのチャンスをみすみす逃すようなことはしたくないという気持ちが文面からひしひしと伝わってくる。
でも、だからといって、はいそうですかわかりましたと引き受けられるほど簡単なことでもない。
第一、私は社会人で平日は普通に働いているのだ。
事務所に所属するとなると、会社をやめなければならなくなるんじゃないのか。
それに代わりって言ったってそんなことを事務所側が容認するのだろうかという気持ちもある。
そんなこと普通の会社ならありえないからだ。
奈央もそれくらいは分かっているはず。
それでもこうして連絡を取ってくるということは、それだけ焦っているとも受け取れるけれど。
とりあえず、奈央には今の率直な気持ちを伝えることにした。
『代わりって言うけどそんなに簡単なことじゃないんじゃない?それに私普通に働いてるし現実的に考えて難しいと思う』
冷たいだろうか。
でもこの返答が普通だろう。
現実は小説のように上手くはいかない。
奈央には申し訳ないけれど、彼女の提案は私にとってはいささか理論的とは言いがたいものだったのだ。
長い間話してなかったからとか、そういうのは関係ない。
毎日話す親友だったとしても、同じ対応をしただろうし。
しかし彼女はそう簡単には諦めてくれなかった。
『陽南…お願いだよ。事務所の人に掛け合って配信時間のノルマを減らしてもらえるようにお願いするから。陽南の言う通りあっさり断られちゃうかもしれないけどその時はきっぱり諦める。けどもしかしたら受け入れてもらえるかもしれないじゃん?このままなにもしないで採用がなしになったら、一生後悔すると思うんだ』
奈央のメッセージを見ていると、高校の時の彼女が頭に思い浮かんだ。
美人で、どこか陰があって、放っておいたらそのまま消えてしまいそうな儚さがあって。
彼女の笑顔には何かこう胸に訴えかけるようなものがあった。
同性愛者だからこそ、色んな辛い想いをしていたのだろう。
当時の私は彼女のことを大切な友達だと思っていながら、彼女のことをちゃんと考えていなかったのかもしれない。
だから、彼女が同性愛者だと知ったとき驚いたんじゃないのか。
私は少しでも、彼女の支えになれていたと言えるのか。
『こんなこと言われても迷惑だよね。もうこれ以上は言わない。少しでも私の力になってもいいって思ってくれたなら返信ほしい。もしそうじゃないなら無視していいから』
なんだよ、そんなこと言われたら心が揺らいでしまうじゃないか。
————つくづく私はお人好しだ。もういい年なのに、感情に流されて大事な選択をしてしまうなんて。
私は覚悟を決めて、メッセージを送信した。
『わかった、協力する。でもそれと上手くいくかどうかは別問題だからね。協力はするけど面倒は見れない。それでいいなら』
『…!本当にありがとう!こんな無茶なお願いなのに。陽南のおかげで夢を諦めないで済むかもしれない。本当に嬉しいよ!』
お願いを聞き入れて全く後悔してないかと言われたら分からない。
でも彼女が喜んでいるところを見たら優しい気持ちになれたから、細かいことは今は考えないことにした。
……明日になったら後悔するんだろうなあ。
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