最終話 受けろ会心の撃

 黒い霧が晴れてゆく様にラウムの器が消えていった。それを見届けたスオーラとフィエロは互いに力強く頷くとスフィンクスの方を向いた。


「さあ、もう終わりにしましょう」

 スオーラは落ち着いた声でそう言うと、自らの身体に付着した血をスフィンクスの目を狙って払った。

 その血はラウムが現世に唯一置いていった遺品の様なものである。


(くっ!? 目が、目が見えんのよっ!)

「斬り裂け、我が『心之剣クオレデスパーダ』よっ!」


 スフィンクスが慌てふためく間にスオーラは彼女に接近し、その両目を両腕の『心之剣クオレデスパーダ』で両断した。


(これでもう、あの赤い光は使えまい。ま、フィエロが次の一撃で決めるでしょうけど)

 スオーラはそう確信している。そしてその男の一振りに視線を移した。


「さあ、スフィンクス。いやフィスチノよ、これまでのロッギオネのたみ全ての無念。この我の三節混、第7の自由の力に上乗せさせて貰おう」

「ガッ!?」

(ば、馬鹿なっ!? このあたいがこんな奴等にっ!)

「フィエロ・ガエリオっ! 自由を取り戻すっ! 受けろ会心の撃っ!」


 フィエロの攻撃、それ自体は実に単純そのもの。一番弱っているスフィンクスの首目掛けて、三節混を振り下ろす。今度は間合いのギリギリではない。

 3つの棒、全てが当たる至近距離でやってのける。三節混はその首を縛り上げ、そしてそのまま寸断した。


 巨大な首が驚愕の表情で宙を舞い、轟音と共に針山になった地面に落ちる。

 続いて首を失った身体の方もドッと倒れる。地響きと地震の様な揺れが起こった。


 やがてその死骸は小さくなり残ったのは、見るも無残な変身前のフィスチノの人の形をした骸。

 ロッギオネ神殿を完膚なきまでに破壊し、民衆の尊厳と自由を奪い、悪行の限りを尽くした者の末路。


 意外な程にあっけない幕引きであった。


 それを見届けたローダとルシアは互いに頷くと静かに飛び去った。

 スオーラとフィエロだけがその事に気がつく。


「ローダ様…」

「ルシア様…」

「「ありがとうございました」」


 二人は小さな声で礼を言って、その姿を見送った。


「見ろ、夜明けだ…」

 ルッソがロッギオネ海上の水平線の彼方を差した。新月の闇は白みを帯びて、太陽が昇り始める。


 それはまるで新しいロッギオネの歴史の幕開けの様に感じられた。


 ◇


 数日後、場所は修道兵達がアジトにしていた修道兵学校の避難民収容所。ルッソはこれを民に解放し、全ての残った食料等の生活物資を配布。

 ただ神殿は再建を始めたばかり。ゆえにルッソは民の了解を得た上で、元の場所に座って指揮をしている。

 その隣には生き残った唯一の賢士であり、元・修道兵総長の娘。スオーラ・カルタネラがいた。


「た、旅に出る? お前何を言っていやがるんだ!?」


 ルッソに罵声を浴びせれたのは、僧兵のフィエロ・ガエリオである。


「私は未だ、一番身分の低い僧兵でございます。言わばまだ道の途中。よって修道騎士の称号は受けられませぬ」

「だからそれは……」

「お情けによるの称号は受けられない? そう言うのだな、フィエロよ」


 ルッソとフィエロが言い争いをしてる所に、スオーラはピシャリと上の身分から言い放った。


「は、恐れながら…」

「そうか、もう良い…」

「はっ!?」

「良いと言ったのだ、下がれフィエロ。気が済むまで何処へなりと行くが良かろう。ただ…」

「……」

「必ず、生きて帰れ。では、これでこの話は終いよ」


 慌てるルッソを他所にフィエロは立ち上がり、背を向けてスタスタと行ってしまった。


(馬鹿……。このウスラトンカチ)

 スオーラは見送りすらしなかった。ルッソだけが慌ててその背中を追う。


「おぃ! フィエロよっ! 俺はもう、の事認めてんだっ!」

「……」

「何、格好つけてやがんだっ! この馬鹿がっ!」

「……すいません、副長殿」


 フィエロは顔も向けずに一言だけそう告げると、離れて行ってしまった。


「そんなんでが抱けるのかよっ! スオーラを取っちまうぞっ!」

「…………」


 ルッソ最後の引き留めも、フィエロの耳には届かなかった。


 ◇


「スオーラ、これから如何なさいますか?」

 総長と呼ばれたスオーラは、抑揚ない顔で応える。


「何も変わりません、ルッソ副長。あのエディンの方々と共に、取り戻したこのロッギオネと首都アディスタラの再興に尽力を注ぐのみ」

「エディンの二人……。神の使いルオラ様を語るとんでもない連中でした。これでもう、エディンには頭が上がりませぬな」

「さあ、それはどうでしょう…」

「……?」


 ルッソ、実は途中からあの二人がエディウス神の使いでない事に気付いていた。ただ、あの場においては、従った方が勝てると判断したのだ。


 だがこのロッギオネの将来において、あの二人の存在は、重しになるのではないか。彼はそういう疑念を抱いている。


「恐らく彼等は…いえ、エディンから語られるのはこうでしょう。『ロッギオネの僧兵達、修道兵達が自力で解放した』…とね」

「その方が都合が良いと?」

「マーダとかいう例の黒い騎士だけじゃなく、そう言い伝えた方が、このアドノス島をつけ狙う、大陸の連中から守る為にも都合が良いんじゃないの?」

「へっ、食えない連中だ」


 淡々と語るスオーラに、ルッソは面白くないといった顔をした。


 ◇


 一方、こちらはその面白くない二人組を乗せた戦艦の甲板上。要塞都市フォルテザがすぐそこに見えていた。


「凄かった、特にスオーラとフィエロなんだけど、他の連中もあそこまでやれるとは思わなかったよ」

「だな……。確かに俺達は手を貸した。だが、本当に自分達で成し得た勝利だ。……に、してもやはりあの二人だな」


 ルシアとローダは潮風を浴びながら戦いの思い出に浸る。


「俺は特にスオーラの賢士としての力に驚いた。って言うかエディウス神の力って恐ろしいな。言之刃、心之鎖、魂之鎖、心之嵐、そして心之剣。これ、全てが人間の心の中にある想いを攻撃に置き換えるという発想だ」

「暗黒神の魔法の様に神の力を引き出すのではなく、自らの心の闇を引き出すって事か」

「エディウスは引金トリガーでしかない。精霊も神の力すらも実は不要……」

「そういう意味じゃフィエロのチャクラの棒術こそ、まさに誰にも頼っていないのではなくて?」

「まあ、そうなんだが、あれがいつでも繰り出せるとは到底思えない。フィエロが使えた7番目の力。あれはスオーラの愛を信じ仲間達を信じた上で、自分の上限を超えた能力を発現出来た…と、いった所かな」


 チャクラには実に15もの種類があるらしいのだが、ここまでゆくと”宇宙と繋がる”とか、”歴史を辿れる”といった、神にも匹敵する様な話が出て来る。

 ローダ自身も本で読んだ位の知識しかない為、ここで触れるのは避けた。


「愛の力ね……。私にもいつか貴方のそんな力を引き出せる日が来るのかしら…」

「えっ……なんだって?」


 ルシアが小声で言ったので、船の動力音を波の音にかき消され、ローダの耳には届かなかった。


「何でもないよぅだ。あ、遂に入港よっ! あーっ! これでやっとお風呂に入れる~。さ、降りる準備しよっ!」

「あ、嗚呼…そ、そうだな…」

(お風呂ね……。なんか、このいい雰囲気のまま……)

「あーーーっ!」

「えっ……」

「今、お風呂って言葉ワードにエッチな事、考えたでしょ!」


 ルシアの指摘にローダは、慌てふためいた。全身をもって否定しようとする。


(そ、そう言うのは、まだ早いんだからねっ……)

(え、待てよ……。意識してたって事…だよな?)


 船上の二人は、秘めた想いを抱きつつ、甲板を後にした。


『幻惑の影と船上の二人』 — 完 ―

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