第17話 貴方の背中は私が守るわ

「調子乗ってんじゃあねえぞッ! このガキ共がっ!」

 スフィンクスがフィエロを睨みつける。合ってはならない視線が噛み合う。


「まあた、私の虜になるがいい……さあおいで、私の人形」

「……っ!」

「フィエロ!?」


 またしてもフィエロを奪われてしまう絶望を感じたスオーラ。だが要らぬ心配であった。


「フンッ!!」

「な、何ぃ!?」

「効かねぇ、もう二度とな。何故なら……」


 気合と共に幻惑の術を跳ねのけたフィエロ。そして凛々しい笑顔をスオーラに向けた。


「今の俺には此奴スオーラしか見えねぇっ! 迷いはもう欠片もねえんだよっ!」

(ふぃ、フィエロ…貴方…)


 フィエロの笑顔がスオーラには眩しくてたまらない。どんな癒しの奇跡よりも祝福の奇跡よりも、自らを奮い立たせてくれる力だと感じる。


 加えてその生意気な口振りに、嬉しさが込み上げて来た。


「な、生意気言ってないで行くよっ!」

 あえて悪態を返し、目前の戦いに集中する。


「おうよっ! さあ開け、第7の門っ!」

 フィエロは気合の籠った返事をすると、棒を握る手に力を込めた。

 棒が白と紫が混じった形容しがたい光を放つ。


(7番目のチャクラっ! 力漲る1番の赤ですらない? 6番目までの全てを超越した自由の力か!)


 それを見たローダはフィエロの高みに期待を抱く。ガロウの扱う示現真打じげんしんうちの赤い刃すら彼は凌ぐというのか。


 そして二人は地面を蹴って二手に分かれ空へ舞った。ルシアの風の精霊術『自由の翼』は今だ健在だ。


(舐めるなっ!)

 スフィンクスはその目から赤い光線を放つ。人にこそ当たらなかったが残骸の岩に人より大きな穴を穿うがった。


 さらに脚に突き刺さる地面をお構いなしに踏みつけて、前足の鋭い爪を振り下ろす。

 その早業に健脚を誇る盗賊の一人が避けきれずに犠牲となった。


(まだそんなにも動ける!? だけど決して無駄にはしないっ!)

 スオーラは宙にある何かを蹴って急激に斜め後方へと動き、さらに蹴って前方に飛び出した。


(宙を蹴る? あの子が?)

 その動きにルシアは驚き注視する。その方法に気付き、またも驚いた。蹴ったのは宙ではない。そこに浮かぶラウムの粒子を利用したのだ。


 盗賊を蹴り殺したスフィンクス。その視界は前方。スオーラは一度視界の外に逃れてから、再び組み合う為に後方に逃れたのだ。

 そして自らが傷つけた首筋の辺りに飛び込み、両手両脚に生えた4本の『心之剣クオレデスパーダ』で縦横無尽に暴れ狂う。


 その一連の動きが余りにも格闘慣れしすぎている。賢士というより正になのではないかと周囲の者に思わせる程だ。


「やるなスオーラっ! 俺も負けてられないっ!」

 フィエロは大胆にもスフィンクスの真正面から、白く輝いた棒を全力で振り下ろした。小細工不要と言わんばかりだ。


 スフィンクスはその振りを見切った……筈であった。しかし鼻先を潰されてしまった。


「アッ、アガッ!?」

(ぼ、棒が伸びた?)

 声にならない悲鳴と驚きの声を上げるスフィンクス。


「み、見ろっ! フィエロの棒を!」

「へへっ、こっからは出し惜しみナシだっ!」


 ルッソの驚きの声を他所に、フィエロは棒だった筈の武器をヌンチャクの様に振り回す。

 三分割された棒、それは鎖で繋がれていた。『三節混さんせつこん』である。スフィンクスが見切ったと思った間合いは、鎖の分、伸びたという訳だ。


「手前は目より鼻が利くからな。真っ先に潰させて貰ったぜっ! 鼻から下が真っ赤に染まって可愛いツラになったんじゃねえかっ!」

「……ッ!?」

(き、貴様、よ、よくもっ!)


 フィエロの挑発にスフィンクスは怒髪天を衝くのだが、最早顔がボロボロ過ぎて表情を変えられない。


 スフィンクスは地面に向けて次々と火球を吐いた。足元にいる相手を殺る為の手段かと思いきや、地面に落ちると爆発せずに静止する。


「ウガァァァッ!!」

 そして全力で地面を前足で叩きつけた。火球が一斉に飛び跳ねて四方八方、あらゆる方へ飛んで行く。やった本人すらも想像出来ない軌跡を描く。


 この不意打ちに数多くの仲間達が灰すら残せず犠牲となる。ルッソには真正面から飛んで来た。風の精霊の刃で斬り裂き難を逃れる。


 一方、下後方からフィエロにも飛んで来た。これは完全に意表を突かれた。


「ハッ!」

 スオーラがすかさず飛んで、『心之剣クオレデスパーダ』でそれを斬り裂く。


「油断大敵よっ! 貴方の背中は私が守るわっ!」

「す、すまん…」

「貴方に死なれちゃ困るって話よっ!」


 スオーラはここから心の声に切り替える。


 ―私の『心之剣クオレデスパーダ』も風の精霊の刃の力も所詮は魔法力。

 ―……っ!

 ―魔法防御の強い彼女に致命を与える事は難しい。でも貴方の力は別。チャクラの棒…じゃない、三節混って言うの? それならきっとアイツを殺れるっ!


 ラウムの粒子による心の会話をしている二人に突如大蛇が襲いかかる。

 一体どこから!? と、いう疑問が湧く。


 だが円月刀シミターの騎士が、大蛇の首を両断して食い止めた。


 ―二人共、何か策があんだろうがっ! とっとと決めっちまいなっ! こんな俺でもこれ以上部下の命が散るのを見たくはねえんだよっ!

 ―ルッソっ!

 ―済まない、副長殿!


 ルッソが斬り落とした大蛇は、あっと言う間に再生する。これはスフィンクスの尾が変形して出来たものであった。

 ルッソは一人、この際限ない大蛇の相手を引き受けた。


(まだよっ! まだ終わらぬっ!)

 スフィンクスは再び両目から赤い光を幾度も放った。けれどその先には誰もいない。


(なっ…)

(何を狙って…!?)


 フィエロとスオーラの驚きを他所に、赤い光はジグザグに曲がる。まるで鏡にでも当たって跳ね返っている様だ。


((ま、まさか!?))

(こ、これはいけないっ!)


 赤い光は想像出来ない軌跡を描きつつ、その全てがフィエロとスオーラに向かってゆく。

 上空からそれを理解したローダとルシアが驚愕し、悪魔ラウムは勝手に身体が動いた。


 スフィンクスはラウムの粒子を使って赤い光を屈折させていたのだ。二人を全方位から襲うその攻撃。最早、成す術はないかと思われた。


「「……っ」」

 フィエロとスオーラは自分達の最期を予見したが、何故か痛みすら感じない。代わりに感じたもの、それは闇。

 二人は闇の中で目を開いた。


 黒い翼を生やしたラウムが二人を包み、そして守り抜いたのだ。


「らっ…」

「ラウムっ! な、何故!?」

「さて、正直私にも判らない…。地上のたみの味方をするなど…」


 二人は無事、なれど黒い悪魔は全身を赤い光で貫かれていた。


「に、人間の為に吐血するとは…」

「「ラウムっ!」」

「フフッ…心配無用だ…。この身体は現界する為の器に過ぎん。そもそも生き物ですら…グハッ…ない…のだから」


 ラウムの身体は夜の闇に紛れる様に消えてゆく。二人は溜まらず涙を流した。


「ひ、人が…わ、我の為に泣くとは…数千年という長きに渡るが初めてだよ。もうこの粒子も要らぬだろう…。あとは魔界よりこの戦いの行く末を見守るとしようぞ…」


 この言葉を最期にラウムは完全に姿を失った。

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