第16話 心に潜む茨の刃

 ─フィエロ・ガエリオ、俺の声が聞こえるか?


 ルシアの放った光の精霊にまぎれさせたローダの黄色い精神。


 これは第3のチャクラが放つオーラの色。厳密に人の目に映るものではない。人の中心線には、それぞれ7つのチャクラが存在する。


 みぞおちにある黄色いチャクラ。"理性"と"堅実"を司るという。

 自分らしさを愛せる"自己愛"にも繋がると言われる。


 フィエロがフィスチノの幻惑に惑わされたのは、彼の"自己愛"が弱体化していたからなのだ。


 愛するスオーラをこの手で守りたい。だが自分に自信がなくて、彼女をかたわらに置く事を躊躇ためらった。


 さらに僧兵軍の指揮官に推された事も少なからず影響していたらしい。

 自分に務まるのかという、自信の無さの現れである。


 彼が棒に流した青い力。


 喉にある第5のチャクラを開放したものだ。活性化すると学ぶ事や交渉等の能力が高められるという。

 十分に素晴らしい力だし、実際にこの能力を使い、砦の壁を誰より粉砕する戦果を上げた。

 だがその裏腹には指揮官としての能力を活かすべく、青の力を選ばざるを得なかったという苦悩があったのかも知れない。


「……がっ!?」

 ローダの声が通じたのか、フィエロは言葉にならない声をあげて、藻掻もがく事を止めた。


 ―フィエロ……思えばお前に色々なものを背負わせてしまったのかも知れない。まず、そこから謝りたい。

 ―……。

 ―心優しき勇敢な男よ。俺はお前の事を身勝手にも自分と重ねてしまったらしい……。

(ローダ、貴方は……)


 懺悔に等しい心の内を語り始めたローダ。それを聞いたルシアは考えさせられた。

 ローダがこれから成せばならない孤独な戦い。これを実に重く受け止めて、辛さを感じていた事に。


 ―だがフィエロ。知っている筈だ。お前は一人ではないという、至極当然な答えに。

 ―…………。

 ―お前一人で成す事はない。あえて言おう、それは傲慢なものの見方だ。お前だけじゃない。見ろっ、皆の戦う様を。


 ローダの心に傾倒し始めるフィエロ。言われるがままに、スフィンクスとの戦いを見る。

 あの傲慢だったルッソが修道兵副長という肩書を捨てて勇敢に戦っている。

 金で雇われた盗賊達も最早、その依頼を超えた所で挑んでいる。


 ただ馬鹿正直にルオラという神の使いによる支援を信じていたとしても、成せる御業ではない筈だ。


 ―特に見るんだ…お前の愛する賢士スオーラを。彼女はフィエロが生きている事を信じ切っている!

 ―…………っ!

 ―まず自分を愛せ、己を信じる事だ。それが出来ぬ者に人を愛する資格はないっ!


 フィエロの瞳に光が戻ってゆく。スオーラが息を切らしつつ『言之刃フォグラマ』を『心之嵐クオレテスタ』に変えた瞬間が目と心に飛び込んで来た。


 ―お、己を……。

 ―そうだ、スオーラが心底好きな自分に正直であるんだ。

 ―嗚呼…。


 スオーラの決死がフィエロにも伝わった。だが言葉通りに命を捨てに行こうしている訳ではない。生きる為に死線を乗り越えようとしているのだ。


 ―さあ、もう良いだろう。そして本来ので戦え。今度こそお前が彼女を助ける番だ。


おうっ!」

 フィエロは完全に自分を取り戻す。それを感じ取った僧兵達は、彼を抑える事をやめた。


 フィエロが堂々と、一人の男として立ち上がる。その目にもう迷いはない。


 しかしその歓喜とスオーラが今にもスフィンクスの口に飲まれる絶望が重なった。


 スフィンクスの眼前からルッソが墜ち、そしてスオーラが消える。

 フィスチノがフィエロの血を吸った時よりも、さらに無情な咀嚼音。丁度スフィンクスの喉の辺りが膨らもうとしていた。


「す、スオーラ様ぁぁ!!」

 エリナが絶望に打ちのめされてその場に崩れた。


「……デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ……」

「ムッ?」

(よしっ!)


 最早聞こえる筈のない詠唱に耳を疑うスフィンクス。それも自らの喉元より発せられる。

 フィエロはその声に呼応し、己の内なる力を引き出そうと集中する。


「……心に潜む茨の刃よ、我は剣也、神の剣也…」

「な、ば、馬鹿なっ! そこで生き…!?」」

「……裂けよ全てを! 『心之剣クオレスパーダッ』!!」


 喉元から上、丁度顎の下辺りが大きく、それも幾重にも内側から斬り裂かれる。スフィンクスは斬られた場所が場所なので、言語を発せられなくなった。


「魔法防御のお強いスフィンクス様、でも中は意外と脆いんじゃあないのっ!?」

「スオーラ様さまっァァッ!」

(見事っ!)


 スオーラが冷笑しつつ、血塗れになりながら躍り出る。その両手両脚が鋭く尖っている。全身が剣といった出で立ちだ。

 ルッソは歓喜し、ローダはその躍進に賛美を送る。


「ア…グッ!?」

「おっと、まだこれからよ。こんな素敵な首飾り、貴方には相応しくないっ!」


 未だ視界も戻らず、そしてこれまで経験のない苦痛に悶えるスフィンクス。

 スオーラは悠々とその鎖を断ち斬って、首飾りを奪取した。


「ハァァァァァッ!!」

 首飾りに付いていたラウムを縛る金属のプレートを紙切れの様にバラバラに斬り刻んだ。


(し、しまったあァァァァ!?)

「や、やったっ!!」

「よっしゃあぁぁぁ!!」


 スフィンクスが心の底で悔いる中、ルッソと周囲の者達が歓声を上げる。


 ―やってくれたか……。


 それを見て安堵する悪魔ラウム。スフィンクスを支えていた手が消える。


「ウッ!? ウガァァァァ!!」

(お、落ちる……のか!? このアタシが?)


 ラウムの手という足場を失ったスフィンクスは、成す術なく落下する。なれどその強靭な足で、大地を踏みしめれば良い……筈であった。


(あ、足に何かがァァァァ!?)


 彼女が降りようとした地面。砦が壊れて出来た成れの果て。その地面を戦槌ウォーハンマーの戦士達が、滅多打ちに叩き壊し、剣山の如き石の針山を築いていたのだ。


 脚を取られて地面で喘ぐ。彼女は最早、地面すらも支えにはならない。

 言葉の通りの針のむしろだ。


「フィエロっ!」

「スオーラっ!」


 二人はあの朝以来、ようやく言葉を交わす事が出来た。たかが数日という短い時間。なれど艱難辛苦を乗り越えてようやく得られた瞬間なのだ。


「よ、良かった…ほ、本当に……」

 フィエロの健在ぶりにスオーラの瞳が潤む。


「ご、ごめん……ッス」

 相変わらずの可笑しな敬語も健在だ。それを聞いたスオーラが思わず軽く吹いた。


 ―二人共、感傷に……。

「浸るのは後って言うんでしょう!」

「判っております、ローダ様」


 フィエロが自らの掌を拳で景気良く叩き、スオーラの目が鋭い視線に返る。


「さあ、今度こそっ!」

「私達の本気の想いが、アンタを叩き斬ってやるんだからねっ!」


 ルッソは棒術の棒。スオーラは自らの右腕の剣をスフィンクスにかざす。

 もう勝利の二文字を疑っていない堂々とした二人であった。

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