第15話 吹き荒れろ心の嵐

 再びフィエロが、本来の動きを取り戻しつつある。

 一度は主が倒れた事で自らを失っていたが、フィスチノがスフィンクスとして目覚めたからだ。


 だが既にこの行動変化への対処については準備が整っていた。

 5人の僧兵達が馬上から一斉に、その長き棒でもって彼の身体を抑えつける。


 棒術の基本戦術はこの捕縛であるのだ。


 これにはさしものフィエロも抵抗出来ない。発狂しつつ、藻掻くのがやっとである。


「…湧き出よ『生命之泉プリマベラ』」


 こちらはスオーラとエリナである。度重なる強大な術で酷使した体力だけでも癒すのが狙いだ。


「ありがとうエリナ先生。これでまだ戦えます」

「しかしスオーラ様、心之鎖リミッターを解いた状態でこれ以上の御無理は……」

「問題ありません……いえ、やりたいのです。やらせて下さい」


 エリナの心配を他所にスオーラは微笑みで応じる。決意に満ちた目でフィスチノの姿を視界に捉えた。


 スフィンクスはその巨大な翼で羽ばたいていく。ルオラをエサと定め、飛び掛らんとしているのだ。


「デエオ・ラーマ、戦の女神エディウスに我が言の葉を捧ぐっ! 斬り裂け『言之刃フォグラマ』!」


 スオーラの言葉を刃に変える言の刃の術だ。


「どこまでお馬鹿なのかしらっ? それは人の姿をしたあたいにすら効かなかったのをもう忘れたの?」


 スフィンクスは何もしない。言の刃はかすり傷すら付ける事無く地面に落ちる。だがその一瞬の間だけ上昇は妨げられた。


 そこに突如5人の盗賊がフィスチノを空中で包囲する。その目はバンダナで覆っていた。

 5人のうちの2人は火山灰が溜まった袋をスリングショットで連射する。残りの3人は、ありったけのナイフをこれでもかと投げつける。


 言の刃こそ落ちてはしまったが、取り巻く風は未だに健在。バラ撒かれた火山灰が、渦を巻いてスフィンクスの視界を奪う。

 風に乗ったナイフ達は言の刃の代わりとなって、数多くの細かい傷を付けていった。


「く、くだらん真似をっ!」


 腹を立てるスフィンクス。その上昇を完全に止め、次に掛かってくるであろう雑兵共を迎え撃たんとする。


 怒りとは冷静な判断を狂わせる。増長した彼女なら尚更だ。何故、敵兵達が飛んで来られるのかを勘定に入れてすらいない。


「覚悟っ!」

 風の収束とほぼ同時にルッソが右手に円月刀シミター、左手に盾を持ってほぼ正面から襲って来る。

 盾は幻惑に囚われない為の手段だ。


「臭い男がそれをするのかっ!」

 スフィンクスが火球を飛ばす。だが宙を自由に移動出来る様になったルッソは、辛うじてこれをかわすと、大胆にも背に載って翼の根元を斬りつけた。


「グワッ!? ば、馬鹿な!?」


 スフィンクスが驚愕する。風の精霊の刃によって強化されたルッソの円月刀シミターは、その翼を斬り落としこそ出来ぬものの、斬り裂いてみせたのだ。


 にこれをやられたスフィンクスの屈辱は半端なものでない。


 ルッソは尚も大樹を切る木こりの様にさらに刀で削りを入れた。


「ちょ、調子に乗るなァァァァ!!」

 なんとスフィンクスは自らの首を180度後ろに回して再び火球を放った。


「馬鹿は手前だ」

 ルッソは即座に退却する。但し変わり身の如く何かを置いて。


 凄まじき炸裂音、ルッソの変わり身。それは大量の火薬であった。超高熱の火球に火薬。その結果、語るまでもない。


 背中を襲う大爆発、スフィンクスの立派な翼は大量に羽毛を失い、見すぼらしい翼と成り果てた。


 最早落ちてゆくしかない。誰もがそう思った次の瞬間、巨大な影の掌がスフィンクスを支えた。


「フフッ…ようやく良き働きだな、ラウム

「………」


 手離しに褒め言葉とは言えぬ台詞にラウムは無言であった。


 ◇


 一方、ローダは今こそフィエロの呪縛を解こうと雑念を払い集中する。


(刀に全力を流すのとは勝手が違い過ぎる…!)


 彼は静かに苦戦を強いられていた。


 ―怒り、苦しみ、憎しみ……。それでは決して生まれぬよ青年。なんじを愛せ、そして隣人りんじんを愛せ。君にはその資格があるのではないのか?

 ―ラウム? ……ああ、そうですね……。


 ローダの心の色が落ち着いてゆく。そして自らの色をイメージする。


「光の精霊達よ、あの者への架け橋となれ」

 ローダの行動に呼応して、ルシアは小声で光の精霊に呼び掛ける。精霊術は心の声で行使してはならない。


 今の彼女は、あくまでもルオラなのだ。


 ルシアからフィエロに向けて光の道筋が現れる。ローダはこれに黄色の力を織り交ぜる。


 周囲の目にはルオラがエディウス神の力をもって、フィエロを救済しようとしている様に見えた事であろう。


 ◇


「デエオ・ラーマ、戦の女神エディウスに我が言の葉を捧ぐっ! 斬り裂け『言之刃フォグラマ』!」

(何ぃ?)


 またしても言の刃を唱えたスオーラ。これには増長したスフィンクスも疑念を抱く。


(臭いっ!)


 盗賊が舞う言の刃に乗って、スフィンクスの背後に回った。


(させるかっ!)


 再び真後ろを向き、火球を吐いた。これは当たってしまい、盗賊は燃え尽きた……かに見えた。


 それは盗賊の服だけであった。ご丁寧にポケットには、下着や靴下すら入っていた。


 匂いに過敏な彼女にとって、実に不愉快でかつ、意識を削ぐ囮であったろう。


 ―デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ、我が言之刃フォグラマの風を心に吹き荒れる嵐に変えよっ! 『心之嵐クオレテスタ』!


 スオーラは心の中だけで詠唱した。だがその表情には、どんな威勢の良い声も敵いはしない断固たる意志が漲っていた。


 スフィンクスを囲っていた風が、嵐へと変化する。舞う言の刃は鋭さを増し、スフィンクスを斬り刻む。


「グッ!? この術! そしてあのエサ! まだこの様な力を隠し持っていたか!」


 この攻撃は流石にダメージとなった。しかしそれ以前にスオーラの力の上限を思い知った方が正直痛い。


 さらにその嵐に巻かれながら、ルッソが再び襲って来た。今度は紛れもない本物だ。


「幾度も同じ手を食うかっ! 恥を知れっ!」

「光の精霊達よ、弾け飛べ」


 怒れるスフィンクスの裏でルシアが小声で光の精霊達に呼びかける。

 スフィンクスの眼前で光の精霊達が言葉通りに弾け飛んだ。


「ウッ! め、目があァァ!」


 その間隙を縫ってルッソは背に向かう。スフィンクスは目は見えずとも鼻を効かして、巨大な口で一飲みにしてくれようと大きく開いた。


 なれどルッソは横に大きく逸れた。それは避けたと言うよりも、何かに弾き飛ばされた様な違和感のある動きであった。


 違和感の正体……。ルッソの背にはスオーラが隠れていたのだ。ルッソはスオーラによって、本当に弾き飛ばされていたのだ。


 ルッソがスオーラに入れ替わる。目前にはスフィンクスの巨大な口。喉の奥すら見える程にそれは近づいていた。

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