第14話 貴様には地獄すら生温い

 スオーラの『魂之束縛アニマカテナ』によって、肉片と化したフィスチノ。

 それが徐々に寄り集まってゆく。実に不気味な光景に誰もが怯え、阻止しようとする輩は出ない。


 全てが揃い、元の身体を成すのかと思いきや、巨大かつ異形と化してゆく。


(遂にアレが正体を成すか…)

 ラウムはそう思ったが、特に感慨がある訳ではない。


「か、烏? いや違うな……」

 ローダは皆がフィスチノの状態変化を追う中で、自らに寄って来た一羽の烏を相手にした。


 ─そうだ、我はラウム。君に話がある。出来れば他に聞かれぬ形がいい。出来るのであろう?


 ローダの頭に直接響く声。とても聡明で清々しさすら感じる。


(「分かった、これで良いか?」)


 ローダは『接触コンタクト』に切り替えた。しかしラウムに向かって風の精霊による聴力強化『風の便り』を飛ばした覚えはない。


 ─問題ない。我は双方向でこれが出来る。目前を良く見るがいい。


 ラウムに言われるがまま、空中を凝視してみる。


(「こ、これは粒子?」)

 ─そういう事だ。我の使い魔を通じてそこら中にバラ撒いてある。これさえあれば、我の望む相手全てに対して、同時に双方向の意志疎通が可能だ。

(「な、何?」)

 ─フフッ…実に良い顔をする。なあに、いずれ青年にも出来る様になる。さて時間がない。本題に移ろう。


 確かに性急を要する事態。しかし知れ顔で自らの未来を語られた。その驚きにローダは少々戸惑った。


(「あ、ああ…そ、そうだな」)

 ─ず、我は青年等の敵にあらず。君はラウムという悪魔について、神話の内容程は知っておろう。


 その振りにコクリッと頷く。思わず息を飲み込んだ。


 ─そうだ、我は正にその内容の通りの生き方を望んでいる。ラウムという悪魔は『座天使ソロネ』に戻る事を欲している。なれど一度天使が返り咲く為には、相応の徳を積む必要があるのだよ……。


 ラウムはここで一旦話を切った。


 ―…では何故この様なやましき真似を。何とも愚かな話だが、この心の隙間をフィスチノに利用されてしまったのだ。


 悪魔ラウムはここまで言うと宙に散らばる粒子を使い、人差し指で何かを描いた。


 ―これと同じ模様が描かれたプレートをアレは首から下げている筈だ。それを奪い、破壊してくれ。さすれば我はもういずれにも干渉しないと誓おう。


(「助けて……」)

 ―…やる訳がなかろう。言ったであろう……我は天使の。人の助けなどしては天秤が大いに狂う。徳は積まねばならぬ。だが片割れを拾い上げる事ではない。


 これを聞いたローダは思わず悲しみに満ちた顔をした。それを見たラウムが微笑む。


 ―判るよ青年。かの者を…そしてそれを愛する彼女を救ってくれるのでは? と、いう期待……。いいかい、これは特別だ。

(「えっ……」)

 ―”鍵”を授けよう。聡明な君の事だ。この一言で咀嚼そしゃく出来る。


 発言の続きを黙って待つ。再びを息を飲み込んだ。


 ―かの者の力は”青”だ。君はその上からでもって語り掛けよ……。そうだな、自らの愛を忘れているから”黄色”辺りが適切だろう。


 自分ローダを包み覆っていた深い霧が、一気に吹き飛ぶ思いがした。


(「ありがとうございます! もう存分に頂きました!」)

 ―良き顔だ……。さあ、見たまえ青年。きっとアレは君が神話で知っているのとは異なる。おぞましき本性サガを知りなさい。


 人の三倍程はありそうな全高、獅子に良く似た姿であり、下半身は正にそのもの。


 だが上半身は半裸の女性の姿をしている。耳まで裂けた口、真っ赤なギョロリとした瞳。


 赤い髪の毛が四方に逆立ち、獅子のたてがみの様である。

 その禍々しき事、人間の姿だったフィスチノが可愛いとさえ思えてくる。

 その背には巨大な翼を生やしていた。


 一見『キマイラ』にも似ているが、ローダは別のモノと断定した。


(「あ、アレは確か、砂漠の国を守護する…」)

 ―そう、『スフィンクス』だよ。

(「し、しかし伝え聞くものとは…」)


 ―そうだな、"朝は4本、昼は2本、夜は3本…"だったか? アレはそんな問い掛けなぞしない。恐らく君は『吸血鬼ヴァンパイア』辺りを連想していた事だろう。


 ローダはゆっくり頷いた。ラウムは一々自分の気持ちを先読みして発言すると改めて思う。


 ―神話何てものはアテにならないという典型だな…ヤレヤレだ。


 ラウムはここまで言った所で急に何かを思い出した顔をする。


 ―そうそう、青年等を手伝う事はないと言ったが、今、この瞬間の間だけ、この力を授けよう。

(「こ…これ? この粒子を?」)

 ―そうだ、コレこそ君も知っている敵と和解すら出来る我の本質。コレで望む相手同士との双方向を与えよう。誰がいいかね?


(「成程…うーん、そうだな。ではそこにいる女と……」)

 ―ふむ、承知した。では後の事を宜しく頼む。


 ラウムはローダの指示に従ってくれたのか。黙って気配を消したので判別出来ない。


 ―ルシア、この俺の声が聞こえるか?

 ローダは初めて意中の女性に通話をするかの様な緊張を持って、ルシアへ心で語りかけてみた。


 ―き、聞こえるよ。で、でも『接触コンタクト』とは違う?

 ―そ、そうなんだ。それに君の心の声も今はこちらに届いている。説明をしている暇はない。


 ホッと息を吐き本題に入る。


 ―これからルシアにはさらにルオラを演じて貰う。もう声は必要ない……。


 ローダの細やかな指示が彼女へと伝えられる。ルシアは黙って最後まで聴くと、小さく挙手をした。


 了承の合図である。


「光の精霊達よ、私の周りを飛んで…」

 ルシアは小さな声で詠唱した。彼女の周囲を光が照らす。そして気持ちを入れ替えた。


 ―ルッソ、そして我が声が届く者よ。ルオラである。良いか、決して声を出さずに我の言葉に耳を傾けよ。


「る、ルオラ様っ!?」

 ―ルッソ、申した筈だ。言葉は不要。また、お前達の心の中すら覗ける。よって返答す要らぬ、思うだけで良い。アレに気取られてはならぬのだ。良いな?


 ルッソは慌てて口を閉じ、空を見上げる。宙に浮かぶルオラから後光が差していた。


 ―は、ははっ!


 ルッソの他にもスオーラ、エリナ司祭、他の修道騎士や僧兵。盗賊や戦槌ウォーハンマーの戦士達すら選ばれている様だ。

 それらの心の声すら互いに通じてあっていたからだ。


 ―スオーラよ『魂之束縛アニマカテナ』は、もう使

 ―は、はい…申し訳ございませぬ。未だ精進が足りず……。


 ルシアは正直ホッとした。ルオラである以上、その位の事、見抜けて当然。

 尤もスオーラは正体を知っているのだから口裏合わせも出来ただろう。

 なれどこの様な細かい所から綻びが始まる気がするのだ。


 彼女はいよいよ本気でルオラを我が身によって現界させる決意を固めた。


 ―良い。ではこれより悪魔ラウムの無力化、僧兵フィエロ・ガエリオの奪還。そしてフィスチノを屠るぞっ!


(ふぃ、フィエロがっ!?)

(い、生きていると?)


 ルオラの御告げにスオーラとエリナは、信じる女神を真に拝観した気になった。


「何やらくだらぬ事をしているな。この姿を見た者は、例え神とて生かしては帰さなくてよ……フフッ」


(そうか、あのエサは神の使い……。食せば美しさはおろか、あの黒い剣士すらアタシの思いのまま……)


 スフィンクスの姿となっても、大量の涎を垂らす事には変わりがなかった。


「フィスチノとやら。貴様には地獄すら生温い。我が子等が、引導を渡してくれようぞ」


 ルオラは敢えて肉声でその沙汰を告げた。

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