第13話 心の鎖を断ち切る時

 スオーラに罵声を浴びせられたフィスチノ。なれど動じる所か、小娘の戯言すら香辛料を嗅いだかの如く、満喫している。


「勇ましいねぇ…結構、結構。だがこの状況。一体どうしようって言うんだい?」


 フィスチノの言う事は的を得ている。ラウムの攻勢に釘付けの兵士達。一番頼りにしていたフィエロは術中……。

 宙に浮く二人ローダとルシアにもっと介入して貰うより他はないのか。


 その二人の片割れであるローダ。彼は一計を思いついた。


(「ルシア、ちょっと良いか? 再びそちらに風の精霊を飛ばしたので小声でも会話は出来る」)

「OK…何か思いついた?」

(「暫定だけどな……」)


 ローダは『接触コンタクト』で作戦を伝え、その能否を問う。ルシアは言われた通り小声で応じた。


「デエオ・ラーマ! 戦之女神エディウスよっ! あの者らにその刃を捧げよっ! 『ディオスパーダ』!」

「おぉ!!」

「えっ!?」


 突如、ルシアの口からまるで、賢士のそれに似た詠唱が響き渡る。ルッソはルオラ様の導きと高揚した。

 驚いたのはスオーラである。ルシアが賢士の術を行使出来るなどと聞いてはいない。


 第一そんな詠唱スペル自体、存在しないのだ。


「風の精霊達よ…あの者らに宿り刃となれ……」


 ルオラと化したルシアは嘘の詠唱と別に、違う詠唱を小声で告げる。

 かつてガロウの日本刀に付与エンチャントした風の精霊による刃の術だ。

 しかしこれは初めての行為。多人数に、それも同時に、これを試した事はない。


 流石のルシアもその結果に自信はない。なれどこういう時こそ、彼女の心は燃え盛るのだ。


「うぉっ!?」

「こ、これは…」


 戦場の至る所から驚きの声が上がる。各々の武器から一瞬の風が吹き、そして青白い輝きを帯びた。


「さぁ! 勇敢なるエディウス神の戦士達よっ! 最早、その剣に斬れぬ物なしっ! その武器に壊せぬ物なしっ! 存分に戦うのだっ!」


 ルオラの偽物は声高らかに宣言した。戦士達は歓声を神の使いへの感謝に代えて、勇猛果敢に戦い始めた。


「おのれ、神の使いめっ!」

(そ、そんな事って…)

(成程、そういうカラクリか…)


 フィスチノは怒りの矛先をルオラに向けた。

 スオーラの理解は追いつかない。彼女も風の精霊術の心得が少しだけはあるのだが、ルシアの小声は聞き取れなかった。


 悪魔デーモン・ラウムだけはこの謀略を理解する。これから己のゴーレム達がやられてゆくというのに口元が緩んでいる。


 確かにこれで動きが緩慢なゴーレムの群れを恐れる事はなくなった。腕の未熟な修道兵の剣でも斬り裂かれ、ただの棒術しか扱えぬ僧兵も打ち砕いてゆく。


(クッ…ラウムの奴め。何を遊んでやがる)

「あらっ? 貴女のお仲間、思っていたより使えないって顔かしら?」


 スオーラがフィスチノを読心した様な事を言う。


「魔法防御が強い……って、ことはそれを上回る術ならいけるって話よね」

「お前にそれが出来るって言うのかいっ?」


 フィスチノはすかさずフィエロを自分の元に呼び戻した。その首に手を回し、自らの鋭い爪で刺す。


「くっ!」

「フフフッ……御覧よ、アタシの指先が此奴の頸動脈に触れているのよ。これが切れたらどうなるか? 聡明な賢士様には判るよなあ……」


(…………!)

「ひ、卑怯なっ!」


 ローダがフィスチノの行動の愚に気付く。スオーラも同じ事に気付いたのだが、敢えて如何にも悔しさに溢れた顔をした。


((フィエロは生きているっ! でなければ人質は成立しないっ!))


 至極当然の結論であるが、再考すると自らへの攻撃を避けるべく、実は助かる見込みのない彼を人質として演じている可能性もあるかも知れない。


 なれどスオーラは後者の考えを完全に切り捨てた。これまでにない威圧感。

 オーラが立ち昇っている様にすら見える。


「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ。我を拘束する心之鎖リミッターを解き放つ! 代わりにかの者の心を捧げる! さあ、縛りあげよ!『拘束之鎖リミッカテナ』!」


 フィエロが人質に取られている。スオーラはまるで構う事なく詠唱を完遂する。


「い、いけませんっ! その術は!」

(エリナ? どうしたというのだ?)


 ローダはエリナの制止を聞き訝しげに感じた。息子フィエロがやられた時ですら声も上げなかったというのに、悲鳴の如き絶望感があった。


 スオーラの詠唱直後、フィスチノを鉄の鎖に酷似した物が拘束する。


「な、なんだっ? こんの鬱陶しいのはっ!」


 これには流石のフィスチノも動揺した。誰がどの様な事を仕掛けても、フィエロを盾にするつもりだった。

 なれどこれでは出来はしない。


「すっ…」

「凄い……」


 ルシアもローダも驚きで語彙力を喪失する。だが次の瞬間、さらなる絶望を目の当たりにする。


「こんなものでっ!」

 フィスチノは全身を縛り上げていた鎖をアッサリと、力任せに引き千切ったのだ。


「「そ、そんなっ!?」」

「おいおい賢士様ァ! お前どこが賢いんだァ!? だ・か・らっ! 効かねえって言ってんだろっ!」


 フィスチノは空で驚く二人にも聞こえる様にスオーラを馬鹿にした。


(馬鹿は貴様フィスチノだ…)

 ラウムはまたも心の中で主を罵倒する。彼とエリナと、そしてスオーラ自身だけがこの先を知っている。


「ふ、フフッ…」

「……?」

(それは我の鎖を解いて貴女に投げただけ。本当の拘束はこれからよっ!)


「デエオ・ラーマ! 戦之女神エディウスよ! 地獄の番犬ケルベロスの鎖をもって…」

「なっ、く、鎖!?」


 スオーラの度重なる詠唱に流石のフィスチノも顔色を変える。その詠唱、明らかに先程の上を征く圧倒感に満ち溢れていた。


「……かの者の魂の鎖を具現化せよっ!」 

「な、何とおっ!?」

「こ、これはっ!」


 ローダとルシアは、もうずっと語彙力を失ったままだ。


「その身、自らの罪に縛られる運命を呪うがいいっ! 『魂之束縛アニマカテナ』!」


 スオーラは右手の指だけを曲げ、掌だけを開き、相手へと向けた。


「う、うぅ……ば、馬鹿なッ!? こ、こんなモノでぇぇぇ!!」


 次はフィスチノを縛る鎖の様な物は見当たらない。だがフィスチノの苦しむ姿が、異常をきたしている事は、誰の目にも明らかであった。


「うっ! ぐわぁぁぁぁあ!!」


 断末魔、彼女の身体機能が停止する。完全に動きを止めたかと思いきや、全身を巨大な手で一気に握り潰されたかの如く、グシャッ! と、潰れてしまった。


 全身の血と僅かな肉片だけが周囲に散らばった。


「や、やった……?」

「す、スオーラ様!」


 スオーラは息を切らしながら倒れそうになる所をルッソに支えられた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「わ、私は…ち、ちょっと…ち、力を使い過ぎただけ……。そ、それよりフィエロは?」


 彼女は自分の事よりもフィエロの身を案じた。フィエロを闇に堕とした張本人フィスチノを倒せたのであれば或いは……と、期待したのだ。


(それは無駄だ……)

 またもラウムは答えを熟知していた。


 フィエロは立ち上がった。だが、その目に相変わらず光は存在しない。ただ主を失った事は感じているのか、よろよろと探し物をしているていだ。


「そ、そんな……。マスターを失ったというのに!?」


 フィエロとスオーラ、愛し合う二人に降り掛かった絶望。ルシアは涙を流し始めた。


(あ、あのフィエロの棒の色。もし、あれが俺の考えるものだとするのなら……)


 ローダは出来る限り冷静クールに最善策を未だに求める。彼の脳裏に浮かんだのは侍大将サムライマスターガロウの得意とする示現流、真の太刀だ。


 ―こ、これでこのフィスチノが死んだと思うてか?


 この戦場にいる全ての者へ、一番聞きたくない声が届いた。


 ―今宵は新月。我が力が最大級になる一夜だ。我の真の姿を観て、後悔の元、果てるがいい。


「え、え!?」

「あ、あれでまだ生きているというのか?」

(やはり新月は失態だった……だが、まだ望みがあるという事だ!)


 ルシアとルッソ、他の者もフィスチノが生きている事態に、自身を見失いそうになる。

 ローダだけは答えがもうそこまで来ているのを感じていた。


 そこに最後の欠片ピースが向うからやって来た。


 ―ローダ……と、言ったか青年よ。欲しいか、答えが?


 気がつくとローダの上を一羽の烏が飛んでいた。

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