第11話 女神の使いが降臨する?

 フィスチノを乗せた巨大な烏はローダに向かって羽ばたこうとしている。


「もう、我慢ならないわっ! お前の血を最初に頂くっ!」


 フィスチノが涎を飛ばしつつ言い放つ。ローダは下の連中から襲うと踏んで油断していた。

 他の連中の多くが同じ感覚であったらしい。


 しかしここで他の誰よりもこれに反応した男がいた。

 右手に握ったシミターを振りかざし、烏の脚の辺りに猛然と飛びかかる。


「ルッソ・グエディエル、推参っ!」


 ルッソは早駆けし、辛うじて残っていた物見櫓を駆け上がると、それすら蹴り飛ばし颯爽と出現した。


「馬鹿か、この男」

 烏が人語でその行為を罵倒する。ルッソの剣はギリギリ届かず宙を斬った。


 烏はすかさずその鋭い爪を振り下ろす。


(かかったっ!)

「ルオラ様、御照覧あれっ!」


 羽根を持たない生き物ならば、宙でその身をかわす事なぞ出来ぬ。烏の爪が相手を斬り裂くのは当然の結果だと思わせる。


 これがルッソの狙いだ。


 左手で二刀目のシミターを抜き、自分の身に降りかかるその脚の一本を見事に斬り落とした。


 此方の剣は届かない、ならばそちらから来て貰おう。

 ただの無鉄砲に見える所から彼の戦略は始まっていたのだ。


「グッ!? ま、まさかこんな奴にっ!」

「へっ! ざまぁねえなっ!」


 烏の化物は自らの愚かさを呪った。ルッソの方も流石に無傷とはゆかず、右肩を大きく裂かれてしまった。

 しかし勝ち誇ったつらで落ちてゆく。


 そのまま地面に激突するかと思いきや、落下地点にフィエロが入った。


「フッ、まさか貴様に助けられるとはな。ぶ、無様なものだ」

「いえ、副長殿。見事な剣でございました」

「自ら後の先とやらを演出したまでよ。け、剣士ならこの位はなっ」


 相変わらず減らず口こそ多い副長だが、フィエロは心底敬服した。


「母様っ! ルッソ様の回復を! 誰か連れていってくれ!」

「ささ、ルッソ様。どうぞ此方へ」


 フィエロの近くにいた僧兵がルッソを引き取った。


 さて例の烏だが脚を斬られてバタついてはいる。なれど未だに落ちてくる様子がない。


(ルッソ、貴方の勇猛、無駄にはしないっ!)

「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ、我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂けっ! 『言之刃フォグラマ』!」


 スオーラは凛々しい顔で詠唱しその口先を烏へと向ける。


 旋風つむじと共に現れたのは無数の広葉樹の葉。だが葉ではなく、それはまさにの様だ。

 烏の周囲を幾度も回りながら斬り裂いてゆく。


「な、なんだぁ! コイツはっ!」

「ちょ、ちょっとっ! しっかり飛びなっ!」


 烏の黒い身体が次々と鮮血に染まる。フィスチノはそれでも容赦なく文句を言う。


「す、凄い。これが賢士、これがスオーラの能力か…」


 ローダはスオーラの能力を見せつけられ唖然とする。

 彼だけではない、誰もがその光景に釘付けとなった。


 ただ烏は未だに落ちては来ない。血と羽根をバラ撒きながら、辛くもその位置を守っていた。


(ちょっと暴れてやるっ!)

「土の精霊達よ、ダイヤの如き強固な拳を『ディアマンテ』ッ!」


 それを見たルシアが駄目押しとばかりに、土の精霊へ声高らかに呼び掛ける。 両拳が硬質化する。


(ムッ!? その声…もしやっ!)


 エリナに回復之泉プリマベラを受けていたルッソが驚いて空を見上げる。


 暗くて判りづらいのだが、ルッソの目には賢士が洗礼を受ける際に着る青いローブを纏っている女が映った様に感じた。


「ラララララララッ!!」


 ルシアはそんな視線を露知らず。烏のさらに真上から両拳のラッシュを見舞う。硬質化した拳だけが幾度となく飛びかかった。


「グッグワァァァァ!!」

「お、お止めっ、エサの分際でぇぇ!!」


 これまでとは次元の異なる攻勢に、フィスチノも烏も成す術なく地面に叩きつけられた。

 大地すらその巻き沿いを食い、大きな亀裂が入りその威力を物語った。


「フンッ」

(あちゃー、やりやがったよ……)


 ドヤるルシアから少し離れた所で、ローダが目をてのひらで覆う。


「あ、あのっ! もしや貴女様はあの『ルオラ』様ではございませぬかっ!」

「えっ……」

(だから、言わんこっちゃない……)


 ルッソの大きな声に周囲の誰もが注目する。ルシアは声を失った。ローダの方は掛ける言葉が見つからない。


(あ~……)

「あ、ええっ! そうだ! そうだとも! 我こそがルオラであるっ!」


 その言葉にどよめきが飛び交う。


 ルシアはようやく悟った。この戦いに出向く間際の出来事だ。

 ローダに言われ、スオーラより借りた賢士の正装に着替えさせられたのだ。


 スオーラよりもルシアはので、ゆったりなローブの割には身体のラインが余計に出ていた。

 ルシアはその事ばかりを気にしていた。気にしていたのに力を大いに奮ってこの有様である。


「る、ルッソよ。さ、先程の剣、見事であったぞっ!」

「ハッ!! ハハーッ! 何と勿体なき御言葉!」


 ルッソのみならず、その場にいたエディウス神を信仰する皆が一斉に平伏した。

 それにしてもこのルオラ様。意識すればする程に言葉を噛んで今にも威厳を失いそうだ。


(「る、ルシア。よ、よせ、お願いだからもう喋るな………」)


 ローダはもう見ていられないという気分を伝える。


「ハッ!? ハッハッハッ、で、では…あ、後の事は任せたぞ。わ、我はここで高見の見物をさせてもらおう…」

「……」

 ルシアはしどろもどろになりながら体裁を取り繕った。そして腕を組んで取り合えず偉ぶってみる。ローダは真顔で黙り込む。


(「と、とにかく後は彼等に任せてみよう…」)


 ローダは戦場に視線を戻す。ルシアの攻撃は正に神の鉄槌の体であったが、それでも相手は立ち上がった。


 フィスチノはそのままの姿。烏の化物は黒い影に変化しそのまま渦を巻く。それはやがて人の形を成した。大きさも普通の人間と大差なくなった。


 だが完全に傷は癒え、ドス黒い全身の色は烏のそれと変わらなかった。


「お前等、俺の真の姿を晒しやがって…悔み切れない程の恐怖をくれてやるぞ。このラウム様がな」


 ローダはラウムと名乗ったその敵に戦慄した。


(ラウム…確か40番目に位置する悪魔デーモンの名。もしそうならば烏の姿が仮初か。これは底が知れない…)


 悪魔デーモン、その裏腹は神の使い。堕ちた天使のなれの果て。本当にそうであるなら人間に推し量れる様な力ではない。


 さらにそれを率いるフィスチノこそ、いよいよ想像の範疇を超える存在になる。

 男の生き血をすすり女を喰らい男を惑わし魔法ではない術を行使する。


は俺が考えていた奴なのか!? これは彼等フィエロ等に任せている場合ではないかも知れない……)


 先程までの余裕を見せていたローダは消え失せた。


「この化物共めっ! フィエロ・ガエリオ、散って逝った仲間の無念っ! 全身全霊で晴らさせて貰うぞっ!」


 フィエロはローダの心配を他所に威風堂々と言い切って、相手二人を睨みつけた。


「ウフフッ…居たあぁ、いいぞぉ…お前の血から飲み干してやるよ」


 フィスチノは再び涎を垂らしながら少年の視線を冷笑で返した。

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