第10話 烏合の連係に舌を巻く

 砦の中が襲撃によって騒がしくなった頃、ロッギオネの海上でも動きがあった。

 ローダ等を乗せて来た戦艦が、敵の砦を砲撃の射程に入れようと動き始めていたのである。


 もっとも、いくら混乱に乗じた所でエンジンを載せた船だ。察知されない訳がない。

 そもそもこれを戦力として運用するつもりはない。


 一応念入りの戦略的行動なのだ。


「アッー! 臭い、臭いねぇ~。たまったもんじゃないわ」

「如何にする? その気になれば海の藻屑にするのは容易いが…」


 フィスチノと得体の知れない何かが砦内部で話している。

 想像通り、その動きは捉えられていた。


「良い、放っておきな。あんな面倒なとやり合う義理はない」

「そうか」

「それよりも砦の中よ。若くて意気のいい僧兵共が選り取りみどり。臭い盗賊とか、筋肉馬鹿も暴れてはいるが…」


 フィスチノはあくまでも探知した者を匂いで表現する。その割に嗅覚の感覚ではなく視覚で捉えたが如く的確だ。


 彼女の頭の中では甘美なスイーツを吟味しているかの様に血を頂く僧兵達を選んでいるらしい。


 ◇


 僧兵隊の最後尾であった第7小隊も砦へと侵入した。

 スオーラは何やら探す目をしながら、群がる雑兵共を瞬時に蹴散らしている。


 ただその手には何も握られてはいない。なんと手刀や蹴りだけでやってのけている。

 か細い彼女の手足が成せる技とは到底思えない。何か秘密がありそうだ。


 但し相手にするのは自分に降りかかる輩だけ。それも小隊の一番端でやっているのでその技巧ぎこうに気づく者は稀である。


「いない…感じられない………」


 焦りなのか、脳裏に浮かんだ言葉を呟く。


(「スオーラ、聞こえるか? やはりそこにいたのか」)

「ろ、ローダ様っ?」

(「静かに…小さい声でも風の精霊による言の葉の力で、ここまでなら十分こちらには届く」)


 ローダの心の声を伝える『接触コンタクト』と風の精霊頼みによる会話が始まる。


(「スオーラ、大変悲しい事だが…」)

「……?」

(「君が探しているのは恐らく囚われた仲間の賢士達だろう」)

「は、はい…で、では?」

(「ああ、俺もずっと風の精霊で探していたのだが……」)


 ローダは喉元まで来ている言葉を躊躇ためらう。


「そ、そうですか……もう一人も?」

(「………」)


 ローダの声が聞こえずとも、無念さは伺い知れた。


「いえ、分かりました。では私も心置きなく戦闘だけに集中致しま…」

(「スオーラっ!」)


 突如、心の声が変わった。ルシアに違いない。


「は、はい?」

(「決して急いでは駄目よ、貴方がフィエロの手網を引くのよ。判って?」)

「勿論、任せてください」


 スオーラはルシアが諭すまでもなく、落ち着きを取り戻していた。


 フィスチノが言っていた。まずは盗賊。

 彼等は相変わらずスリングショットを主兵装にしている。

 

 そして筋肉馬鹿。これは巨大な戦槌ウォーハンマーを振るう戦士達だ。


 みてくれは異質の連中同士。しかしそのじつ、狙っているがほぼ同様。

 いずれも敵兵を倒すのは程々にして、砦の石壁を破壊しようとしているのだ。


 特に戦槌のそれは著しい活躍を見せる。対する盗賊の撃つ鉄球の様な物は、壁にことごとく弾かれてしまう。


 彼等は一体何を企てようとしているのか…。


「ふぅ…………」

 フィエロは深く息を吸い、長く吐いた。疲労で溜息をついた訳ではない。

 精神を集中し心中に火を灯したのだ。そして棒を真横に握るとスーッと両端まで滑らせる。すると棒が青く輝き始めた。

 

「ハァァァァァッ!!」


 フィエロが急に気合の声を上げながら、砦の石壁を幾度となくその棒で突き崩す。

 屈強な戦士の戦槌もこれには到底敵わない。やがて人はおろか、馬すらも通れる程の大きさの穴が出来た。


(えっ!?)

「おおっ! すげえな若いの! これじゃ俺のが子供のトンカチみてえだ」


 戦槌の戦士の一人がガハハッと笑って、フィエロの背を叩く。

 ずっと後方にいたスオーラも流石に気づいた。紫色の大きな瞳で凝視する。


(あ、あんなの見た事ない! 魔法でも神の奇跡でもないわ! 一体何をしているの!?)


 スオーラの驚きを他所にフィエロの快進撃は続く。棒の青が消えない。次々と石壁の穴を増やしゆく。


 それは最早、戦槌の戦士なぞ不要ではないかと感じる程だ。


 戦士達自身がそれを感じ、自然とフィエロの背中を守る位置に入ってゆく。


 敵を極力相手にしないのは他の僧兵達も同様だ。棒術で数少ない窓の硝子を次々にカチ割ってゆく。


 一方、盗賊達は未だに黒い弾を撃つ事を止めようとしない。気がつけば砦の床に大量にばら撒かれた格好になった。


 皆、壁ばかり相手にしているのだから敵の亜人達は中々減らない。


 それどころか砦の外を彷徨いていた連中すら戻って来てしまい、むしろ襲撃時よりも増えてしまった。


(そろそろ潮だな…)


(「よしっ! フィエロ、撤退だ! 」)

「総員、撤退っ!」


 ローダの指示とほぼ同時に、フィエロの大きな声が砦内部に響き渡る。

 馬上の者もそうでない者も、石壁に開けた穴に一斉に駆け出した。


 スオーラはこの軍に昨夜入ったばかりで作戦を知らなかった。とにかく言われたままに穴へと逃げ込む。


 盗賊達は脱出直前に煙り球を煙幕として放つ。戦槌の戦士達は穴の前で立ちはだかり殿しんがりとしての役目を終えてから外へ出る。


 フィエロは自らが穿った一番大きな穴の前で一番最後まで残り、全ての兵が脱出をした事を確認してから飛び出した。


(「ルッソ、今だ! 火矢を放て!」)


 ルシア…ではなくエディウス神の一番弟子であるルオラの声がルッソに届く。


「撃てぇぇーーっ!!」


 ルッソ・グエディエルの命が修道兵達に下る。彼等は砦を四方から囲っていた。

 油のしみ込んだ矢に火を点けながら、砦に空いた穴へ向けて一斉に放ち始めた。 


 しかし相手は石で出来た建造物だ。火矢のいくつかは中にいる亜人達に当たるがそれは稀である。


 火矢の狙いは彼等ではなかった。


 無数に爆ぜる音がこだまして次々に爆炎が上がる。石で出来た砦が粉砕され、石ころや砂に再錬成された。


 盗賊達が巻き散らした黒い球、これは全て爆薬であったのだ。


 攻勢だと思い込んだ敵兵達は、砦の中で爆散したり焼かれたりと散々な目にあいながら壊乱した。


「す、凄い………」


 その光景にスオーラは声を失った。父も含めた修道騎士等と、仲間の賢士の命を奪っていった連中があの中で断末魔の悲鳴を上げている。


 寄せ集めの兵達がまるでサーカスのマジックの様に完勝したのだ。

 その働きはまさに疾風の如き。砦侵入から20分弱という神業であった。


「い、いや、違う!」

「いる、まだいるな…」


 戦勝に浮かれた連中を他所に、スオーラとフィエロはその存在に気づいた。


「確かに砦は完封した。だが、むしろ本丸はこれからの様だ…」


 その凄まじい爆発に敵は皆、巻き込まれたと思いたかった。

 ローダは苦しい表情で胸中を絞り出した。


 爆散した砦の中から巨大な黒い影が翼を広げて飛び発つ。その背には女の術師を乗せていた。


「ヘッ! やってくれたねぇ~。しかし余興はもう終いさっ!」


 巨大な烏の背に乗ったフィスチノが冷笑した。


「おぃ、貴様等、あとは砦から逃げ出した連中を撃ち漏らすな!」

「ふ、副長殿? 何方へ!?」


 それを見たルッソは単騎で駆け出した。

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