第9話 派手な闇討ちが始まった

 翌日、時は深夜0時。フィエロは結局スオーラを見つけらぬまま、ロッギオネ奪還作戦の時間を迎えてしまった。

 よもや自らと同じ僧兵の部隊に彼女がいるなどとは想像すら及ばなかった。


 僧兵中心の隊は外からやってきた連中や、回復をする為の司祭なども含めておよそ70名程になっていた。これを7人づつの小隊に分けて、それぞれに回復役、そして夜目の利く盗賊かぶれの者を充てた。


 深夜、ましてや月明かりの望めない新月の夜である。盗賊を神聖な神の戦いに据えるのは如何なものかという議論も出たが、彼等は報酬さえしっかりと与えれば任をこなしてくれるし、そもそも夜襲という時点で卑怯も何もという話だ。


 問題は砦側には当然、灯りがあるのでこのままでは察知される事だ。異様に高い砦。その火の見櫓も当然高く、余程の弓兵でもなければ地上から撃ち落とすのは困難である。


 それを勘定に入れた上で僧兵の第一小隊が早駆けする。注意を自分達だけに惹きつけるのが目的だ。

 彼等は僧兵団一番の精鋭である。その先頭にフィエロ。そしてそれにしがみつく様に同じ馬上にいるのがエリナ司祭だ。

 櫓で番をしているホブゴブリン達が当然これに気付いて騒然とする。


「水の精霊達よ、忌むべき火を消して」


 砦の遥か上空で精霊を呼ぶ女の声。全ての櫓に向けて水飛沫が飛んで行き、櫓上の灯りを完全に沈黙させた。

 勿論ルシアの仕業である。そして彼女の詠唱は終わらない。


「土の精霊達よ、ダイヤの如き強固な拳を『ディアマンテ』」


 これはエドル神殿攻略戦において、ヴァロウズの巨人セッティンの膝を破壊した強力な術だ。

 しかし強過ぎたが故に、彼女の身体の方まで砕いてしまった諸刃の技。

 一体どうしようというのであろうか。


 ルシアは櫓の兵士に向かって両の拳を振るう。

 硬質化したその拳は拳圧となって飛んでいった。

 それぞれ左右の櫓で見張りをしているボブゴブリンの頭部に直撃。首を失い悲鳴も上げずに絶命した。

 彼女は既にこの術の新しい使い道を悟っていたのだ。


 その後方ではローダが両手にボウガンを構え、そのまま撃ち下ろした。

 これも他の櫓にいる見張りの頭を見事に貫いた。


(何アレ? あ、ひょっとして二丁拳銃あのレイから継いだ能力かしら? えぐい事をする)

 それを見たルシアは少し肝を冷やした。自分の方が余程危ういのに棚上げである。


 ともかくこれでこちらを目視確認出来る相手は砦入口を護る兵士だけになった。


(これで誤魔化せられたら苦労はないがな…)

 ローダはそう感じている。まあ、下っ端の連中はこれで問題ないであろう。


 ◇


「クククッ……来たわ来たわ。それにしても空の男、芳醇なワインの如く、いい香りがするっ! 嗚呼、早くその血を味わいたいわっ!」


 敵の大将フィスチノは、近づいて来たローダの香りに酔いしれていた。目がとろけており涎すら垂らしている。


「そして空のエサ。これはこれで極上じゃなくて? コイツを食べたらあと100年は美しいままでいられそう……」


 ルシアも彼女の御眼鏡に適ったらしい。ルシアの秘められた能力をその独特な嗅覚が感じ取ったのであろうか。


「さあ、早くいらっしゃい。ま、もっともここまで来られたらの話だけどさ…」


 ◇


 フィエロら第一小隊は既に砦の正門が見える所まで辿り着いている。

 門前には二人のボブゴブリンと二人のゴブリンだけ確認出来る。

 向こうは灯りがあるので此方をすぐに見つけたが、それは当方に取っても同じ事だ。


「小さい方、いけますか?」

「おうっ、任せな。良く見える、当ててくれって言ってる様なモンだ」


 フィエロに言われた盗賊はスリングショットで先の尖った石ころを放つ。ゴブリンの首筋に命中させた。

 次はもっと小さな石をポケットから引き出して、それを次の標的にぶち当てた。

 散弾の様に顔中に穴を穿った。これも恐らく命を失う事だろう。

 スリングショット…要は子供の遊びにつかうパチンコなのだが、弓矢の様にかさばらないし、銃声が轟く事もない。隠密に適した武器なのだ。


 残りのホブゴブリンだが、この状況ですっかり浮足立ってしまい、馬鹿正直に真っ直ぐ此方へ向かって来た。

 フィエロと別の僧兵が馬上の勢いも載せた棒で打ち払った。

 倒されたホブゴブリン達、まだ命はあったのだが、全速力で迫る馬群の前で倒れてしまっては救いようがない。確認するまでもなく踏み潰されて、憐れな遺骸に変わり果てた事であろう。


 ここで盗賊がスリングショットで煙球を高々と打ち上げる。門前の敵を払った合図だ。この小隊は正門からの堂々とした正面突破が目的でかつ実に盛大な囮なのだ。


 そして後方からあえてゆっくりと歩を進めていた他の僧兵小隊もここで一気に加速し始める。馬脚ならあっという間に追いつく事だろう。

 スオーラはこの集団の一番最後、第七小隊にいた。必死で馬に鞭打ち追いすがる。


(早くっ! もっと速くっ! 私がフィエロを絶対に守るんだから!)

 その表情は焦りに満ちていたが、フードに隠れているので気づかれる事はない。


女神エディウスよ、この勇ましき者達に貴女之祝福ベネディオネを」

 エリナの祝福の奇跡が小隊の士気を上げる。流石はあのリイナを導いた人だ。この程度の事は訳なくこなす。


 勢いそのままに先んじて正門をぶち破る。中にはゴブリン、ホブゴブリン、コボルトなどが待ち構えていた。

 その数、もう数えるのも面倒な程だ。しかし統制は取れていない様子。以前、苦しめらたという術師らしい者の姿はまだ見えない。


(「フィエロ、遠慮は不要だ。むしろ本命が出てくる前に外道は叩けっ!」)


 ローダは風の精霊による言の葉の力によって空にいながら状況は理解している。


「分かっています。さあ皆っ! ここから全力でいくぞっ! 出し惜しみはナシだっ!」

「応っ!」


 盗賊は敵が密集している所へ再び散弾を放ち、棒術の僧兵達はありったけに振り回して派手に暴れ始めた。

 フィエロ達の戦いの幕が開けた。


 ◇


「それにしてもさ…」

「ん? どうした」

「これだけ一見、闇に紛れた隠密行動を取らせておきながら、結局フィエロと僧兵達は実質正面衝突よね、これって意味あるの?」


 ルシアの疑問はもっともだ。一応攪乱かくらんこそ成功したが、この勢いがまだ得体の知れない術師にまで通用するとは到底思えない。

 ローダは頭をかきながらこれに応じる。


「うーん、まあ、そうなんだが、これはこれで重要なんだよ。それに……」

「何?」

「ん……いや、何でもない」


 ローダは言いかけてやめた。不確定要素な事を語るのは無駄だと思えた。


(この闇討ち、果たして本当に正解だったのか…)


 その思いと共に夜空を見上げる。その先には黒い月が浮かんでいた。

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