第8話 姫様のお忍び
舞台は再び、ロッギオネの海上、エディンの戦艦の甲板の上だ。
「ふぅーーっ」
「本当に、こんなので上手く騙せたかしら」
ローダは深い溜息を吐き、ルシアから手を離す。ルッソ・グエディエルが聞いたエディウス神の弟子を名乗るルオラからの啓示。これは勿論、本物ではない。
ローダが自身の心を伝える『
自身の声ではなく、ルシアに触れながら使った事で、ルシアの声色で、伝えたのだ。しかも
「技術的な自信はあった。それに相手は、盲目的に神を信じ切っている。上手く言った筈だ。今頃、神の啓示に感動しているさ」
『
如何にもルッソの返事を受け取った上での会話に受け取れたが、そうではない。ローダがタイミングを見計らい一方的に伝えただけだ。
また、予めエリナに頼み、手紙を仕込ませておいた。双方向になってしまうとボロが出る事を恐れての事だ。
「全く話を伺った時には正直訳が分かりませんでしたよ。ローダさんの『
「まあ、普通はそうでしょうね」
少々興奮気味に話すフィエロにルシアは苦笑いを返した。
(私だってそうだわ、こんなやり方思いつかないし、聞いた事もないのよ)
ルシアはサイガンを思い浮かべていた。『
以後ローダは他人から受け継いだ能力に自らの応用を利かせてゆくことになるのだがこの物語で語る事ではない。
「さてと、これで取り合えず修道兵とのやり取りも多少は楽になるだろう。あとは肝心な仕掛けのタイミングだな」
「
「此方の準備出来次第って所でどうでしょうか? 他の僧兵達の戦力を3日で揃えます」
相手は砦という守りの中で待ち構えている。そこへ飛び込んでいくのは本来愚策だ。
術師というなら尚の事。
向こうが痺れを切らして襲って来るのを墜としたい。
だが、その気配すら感じない。
それにロッギオネの民を一刻も早く解放するのが先決だ。
「3日、新月か。忍び込むのには丁度良いとするか……判った、それで行こう。フィエロは引き続き僧兵達の取り纏めとルッソへの手紙2通目の準備。ルシアは砦の構造を空から探ってくれ」
「了解」
「承知致しました」
その後、主にローダの指示の元で襲撃への準備が進められた。
フィエロは戦艦と街を行き来しながら僧兵軍の編成を進めてゆく。彼等の大体は同じ師の元で修行をしている連中なので話がまとまるのは速かった。
もっともこちらも生き残りが40人にも満たなかったという寂しい現実もあるのだが、これでも前回の争いでは修道騎士や賢士達の方が、前線で壊滅的な打撃を受けたのでまだマシな方である。
修道騎士の方だがローダによる神の使い作戦は功を奏した。ルッソ修道兵副長の変調ぶりは想像以上であり、僧兵分の馬などの装備調達に奔走し、実に協力的に動く様になってくれた。
ルシアは言われた通り、敵の砦について上空から目視で偵察。内部に関しては風の精霊を飛ばして、兵達の声を聞きながら調査した。出来るだけ気づかれない様にする為に、底辺連中の会話しか聞けなかったが大体は察する事が出来た。
しかし特にこれと言って攻め手にとっての有効打になりそうな情報は、得られなかったというのが実状だった。
ただ少し気になる点として異様に建物が高い。空間の広い部屋がありそうだということだ。
巨大な何かを収めている可能性があるという事を想像した。まさかエドル神殿の時に戦った、ヴァロウズ7番目の巨人、セッティン程の能力者が他にもいるのは流石に考えづらい事だが、用心に越したことはない。
上記の様な不確定要素もあるが、準備としては事のほか順調に進み、予定日の前日の朝には決行出来る目途がついた。
事が済むまで帰るつもりはないフィエロであったが、最早修道兵達の目を気にする必要もなくなったし、何よりもルシアから一度は帰って話をする様に言われた為、スオーラと同居している部屋に顔を出した。
「おや? お帰り。まさか帰って来ると思ってなかったよ」
「ただいま母さん。うん、俺もそのつもりだったんだが……」
フィエロは辺りを見渡すが、肝心な会いたい人が見当たらない。
「スオーラ…様は何処へお出掛けなのか?」
「そ、それが……じ、実は昼頃から帰って来ていないのよ。明日の夜には総攻撃が始まるというのに……」
実に申し訳なさそうな顔でエリナは返した。しかし母を責めても仕方がない。
それに母自身も明日の作戦に司祭として出陣するだから、スオーラの事ばかり構っている訳にもいかなかったのであろう。
「分かった、出来るだけ探してみるよ。母さんは明日に備えてもう休むといい」
フィエロはそう告げて部屋を出て行った。母の不安を煽らない様に出来るだけ平静を装っていたが、危惧していたことが現実になりそうだ。
やはりスオーラは動き出したのである。自分に何も告げる事なく。しかしどこを探せば良いのやら、フィエロは途方に暮れることとなった。
一方、此方は学校跡の広場。早い話、校庭に当たる部分だ。
僧兵達およそ40名はここに天幕を張り、明日への準備と英気を養っていた。
大抵は見知った顔だが中にはロッギオネの奮起を聞きつけて、外部からやって来た得体の知れない連中も混じっている。
そういう連中は受付で身の証をしてから1箇所に集められて、その能力に応じて分けられるのだ。
「次の方、どうぞ」
受付の僧兵に呼ばれた者が黙ったままやって来た。被ったフードも取ろうとはしない。
「ちょっとアナタ、顔と名前をお願いします。出なきゃここは通せません」
僧兵は怒りを露にした。力づくでもフード位外してやろうと試みる。
「あ、あのう…」
「ん?」
フードの中からようやく小さな声が出た。明らかに女の声である。
「い、今、ここにフィエロという僧兵はいますか?」
「い、いや、アイツは生憎留守だが、それよりアンタ誰だ?」
問われた女は覚悟を決めた。フードを勢いよく上げる。そこにはもう怯えた様子の中身はなかった。
「あ、貴女様は!? 何故、この様な所に?」
「ギムガーナ・カルタネラ修道兵総長が娘、賢士スオーラ・カルタネラ。訳あって貴方達、僧兵団の一員に参列を所望する」
実に凛々しい賢士の姿がそこにはあった。嫌いであった筈の父の名と、その権力をあえて振りかざす。
「な、なりません。認められません。そ、その様な事は……」
僧兵はひたすらにへり下った。ついこの間のフィエロと同じ様に。
「我は元・総長が娘ぞ。言う事を聞けぬと申すか?」
スオーラはさらに凄みを載せてみた。相手はもう返す言葉がない。
それを見た彼女は途端に態度を軟化させ、困った顔で覗き込む。
「お、お願いします。端っこで良いんでどうか加えて下さい。そ、それと……」
「は、はい?」
「私がここにいる事をどうか
スオーラは両手を合わせて懇願した。相手の僧兵は丁度良い具合に頭を丸めていたので、神様というより仏教寺の坊主にお願いをしている体になった。
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