第7話 神の啓示に心震わす
フィエロは早速、ローダ等と共に空を飛び、そしてあっという間に船上の人となった。てっきりローダに担がれるかと思いきや、まさかのルシアに手を引かれた。
恨めしいのか、はたまた呆れているのか、真顔のスオーラが見送る。必死の思いで灯した恋の火も、消え失せたのではなかろうか。
そして今は甲板上、一人、座禅を組んでいる。心の底から瞑想したいと感じたからだ。
しかし無我の境地に全くもって辿り着けない。スオーラの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、そしてたまに柔らかい何かも漂う。背中にせよ、唇にせよ、こんなに刺激的な煩悩なんか消せやしない。
に、しても涙を止めたい一心からの立ち振舞いだったとはいえ、どう見積もってもやり過ぎだったろうという想いが輪廻する。メビウスの輪を歩いている気分だ。
ついこの間まで主従関係の従であり、ロクに会話も出来なかったというのに、あろうことか初めてを奪い、次の初めてすら口走った。ちなみに自身も初めてである。
エディウスの僧に
「どうした、イメトレでもしているのか?」
そこへローダが現れたので、フィエロは瞑想を諦めて目を開いた。
「い、いえ、その様な大層なものではありません……」
「そうなのか? ところで少しいいかい?」
「はい、なんでしょう」
「リイナの友達、スオーラだったか。彼女、同じ学校だったという割にどう見ても司祭のそれではない様だったが」
「はい、スオーラ…様は司祭ではございません。エディウス神は元来戦の女神。
「それが彼女?」
「ええ、ただ俺も彼女の力を見た事がないので良く分からないのが実情です。しかも賢士の数はそもそも少なく、その大半が女であり、先の戦いでほぼ失われてしまいました」
ここまで話してから二人は押し黙ってしまう。スオーラが言った女性の兵士達の事だろう。
「ろ、ローダさん。お、俺、スオーラを戦いには…」
「巻き込みたくない……という訳?」
迷えるフィエロに応えたのはローダではなくルシアであった。いつから聞いていたのか、砲台の影に潜んでいたらしい。そして堂々と表に出て来た。
「それは男の身勝手かも知れなくてよ」
「え、あ、し、しかしですね……」
「矢面に立たせたくない君の気持は判っているつもりよ。けれど彼女も…その…なんだっけ」
「賢士です」
「そう、それ。かなりの使い手なのでしょう。だからこそ地獄を生き抜いた。それにね……」
ルシアは少年の正面に立ち、その額に人差し指を突きつける。
「………?」
「覚悟を決めた女はね、ああなった以上、テコでも動きはしないものよ。君が振った覚悟なんだよ。あの子の覚悟を受容れる覚悟も必要だとは思わない?」
そしてそのまま強かに弾く。ルシアは二人の朝のやり取りを聞いていたのだ。フィエロはあの恥ずかしいやり取りと聞かれた事よりも、ルシアの言う覚悟の方が気になった。
互いに死ぬなと確かに誓った。ならば双方が破らぬ様に努力をするのが当然の流れ。
(自分はまだ何も判っていない餓鬼だった……)
フェイロはそう感じ、一人頭を抱えてしまった。
「ところでさ、昨日言ってたアレ……本当にやるの?」
「ああ、やる。大丈夫だ、お前は黙って何も考える事はない」
「随分距離もあるし果たして大丈夫なのかしら」
ルシアはフィエロに言葉を投げつけたまま後はローダと話し始める。フィエロにとっては神の啓示の如く、重くのしかかっていた言葉を吐いたというのにだ。
そしてローダと共にこれからやる事は正直乗り気でない。その理由は距離などではない。ヤレヤレといった感じで、取り合えず背を向ける。ローダは肩に手を置いて、両目を閉じて意識を集中する。
「『
それだけを呟くとあとは沈黙が甲板上を支配した。
◇
一方、修道兵達が詰めている地下のシェルター。ルッソが苦虫を嚙み潰した様な顔でいつもの椅子に座っている。
(よくも、よくも、あのクソ
フェイロにやられた手が未だに疼く。その度に屈辱感が頭をもたげる。しかもその手、痛くても動かす分には問題なさそうなのだ。
当初は骨にヒビ位は入ったかと想像したが実際には突き指程度で済んでいた。
こんな細やかな手心を加えられたというのも腹立たしさを倍増させた。今の気分を声を大にして表したい所だが、周囲には部下の修道兵が多数いるのでそれすら出来ないでいた。
(「全て見ていた。修道騎士にあるまじき、実に憐れな戦いであったの」)
ルッソは不意に聞こえたこの声に目を丸くした。
「だ、誰だっ!! ど、どこにいる!?」
ガバッと椅子から立ち上がり、周囲を見渡すがそれらしい主が見当たらない。
「ふ、副長! ど、どうなさいましたか!?」
周りにいた修道兵はルッソの声に驚き反応する。そして他の兵達も騒めいた。
「どうしただと!? き、貴様には、この女の声が聞こえんのか!」
「お、女? で、ございますか? いえ、全く、何も…」
兵達がさらに騒めく。しかし皆、首を横に振るばかりだ。
(ば、馬鹿な!? お、俺にしか聞こえていないだと!?)
「い、いや、何でもない。わ、忘れてくれ」
ルッソは極力平静を装い周りの兵に詫びを入れたのだが、これ程に低姿勢の副長は逆に珍しいので気味が悪いと思われた。
しかしそこを追及すると次は自分達に矛先が来るのを判っているので、結果、平静が戻って来た。
(「フフッ…驚かせてしまった様ね。私の名はルオラ、エディウス様の一番弟子であった女と言えば知っておろうな」)
(る、ルオラ!? あのルオラ様が!?)
ルッソは完全に気が動転した。ルオラ、エディウス神に仕える者ならば、その名を知らぬ者はいない。
もっともその声を聞いたなどというのは前代未聞だ。男の様に低い声が、より一層厳かな雰囲気を醸し出している。
(「如何にもルオラである。聖地ロッギオネの混乱を見るに見兼ねて、今の
ルッソは言われるがままにやってみた。確かに手紙が見つかった。広げるその手が震えるのを止められない。
『―――――――――――――――――
ルッソ・グエディエルへ告ぐ。我はルオラである。この言いつけは、エディウス神の言葉であると厳粛に受け止めよ。
誠に遺憾であるが、修道騎士も賢士達も実に弱体化し嘆かわしき事か。
だが貴様の指揮にはまだ期待しておる。我は出来ると思うた者にしか声は掛けぬ主義。
一番生き残りの多い僧兵等を前面に押し立てて、貴様は将として後方より事に当たれ。
あと貴様の剣は勝ちを急ぎ過ぎている。将を射んとする者はまず馬を射よという。脚を狙い、腕を落とし、首なんぞ末期の添え物と思うが良かろう。
詳細はまた追って沙汰する故、待つが良い
―――――――――――――――――』
(「どうした? 読んだな。では再び声を掛けるまで軽挙妄動は慎むのだ」)
(は、はっ!)
ルオラの声が聞こえなくなった。ルッソの震えが収まらない。当然の事であろう。
(お、俺だけにルオラ様の御啓示が! 俺は選ばれたのだっ! 神にっ!)
人生最良の喜びの震えなのだ。最早、手の痛みも
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