第6話 男の片鱗を見せる時
少しトラブルも生じたがエディンの使者であるローダとルシア、そして二人との交渉を希望するスオーラの一行は、無事コンタクトを果たした。
しかしルッソの件も捨て置けないので、流石に修道兵達のアジトには行かず、そのまま外で交渉を続ける事になった。
一度は消えかけた焚火に廃墟から持って来た薪を
ローダは出来るものならロッギオネの兵を前面に出して、自分達は後方支援の形で、互いのメンツが立つ方法を模索している考えを告げた。
彼の想像以上にロッギオネが消耗していたのは正直頭の痛い事だと感じたが、フィエロの戦う様を見て、まだ希望はあると思い直せた。
それから、これまでの戦いの内容を惜しげもなく公表し、ローダ自身は拳銃を使う相手を封じたこと。ルシアの方は巨人を相手に戦ったことを告げた。
これは自分達の力をただ鼓舞した訳でなく、いざとなれば、どんな相手であろうとも何とかしてみせるという、安心感を伝えたかったからだ。
対するスオーラもほぼ同様の考えで一致した。ただ戦力の要である筈の修道兵の上層部はアテにならないという事実を伝えざるを得なかった。
早い話が自力が足りないと感じているという事だ。さらに気になる点もある。
「敵側の大将の能力が解せないのです。見た目は女性の姿で、魔導士的な能力を使うのですが、詠唱らしき事をしていないのです」
この情報はローダとルシアに扉の力を連想させた。出来る限りの詳細を聞きたくなってしまう。
扉の力とはサイガンとドゥーウェンが作り出した人工知性プラグラム『AYAME』の副産物の様なもので、自らが創造した力を自由に使いこなせるというもの。
この世界の人間達は全てこの『AYAME』を保有してはいるが、扉の力まで使いこなせている人物は稀有である。
例えばエドナ村で
「それは、例えばどの様な?」
「炎を投げたかと思えば、当たった者は死体も残さず消失しました。後は修道兵の男性だけが急変し、同士討ちをする事もありました。特に我々の様な女性の兵士達は豹変した連中に辱めを受けた後に殺されたり、中には連れ去られた者もいました…」
スオーラは説明しながら身体を震わせる。仲間達が次々と敗れてゆく様を回想したのだ。生きて地獄を経験した様な気分であったらしい。
まだ18歳の少女にはさぞ辛すぎた事だろう。
「それは…辛い事を聞いてすまなかった」
暫くの沈黙の後、ローダがボソッと謝罪した。
「い、いえ。致し方ありません。もう、過ぎた事です」
そう言っている割にその肩は震えていた。
その様子にフィエロは勇気を振り絞って口を開いた。
「す、スオーラ。き、君は少し疲れているんだ。母さん、後は俺が話を聞くから先に帰って一緒に休んでくれないか?」
「で、でもフィエロ……」
「大丈夫だ、ちゃんと話をしておくから後は任せてくれ」
フェイロはそう言うと笑顔を作ってスオーラとエリナに寄越した。エリナも笑顔で頷くと共に帰る様に促した。
彼は完全に二人の姿が見えなくなるのを見送ってから再び話を切り出した。
「か、勝手な事をして、申し訳ございません」
まずは頭を垂れてローダとルシアに謝った。
その姿を見た二人は少年の勇気を感じ取り、思わず微笑んでしまった。笑われたと思ったのか顔を染めて下を向く。
「あ、ごめんなさい。違うのよ、君の勇気と判断に頼もしさを感じたの。さっきの戦いぶりといい本当に大したものだわ」
ルシアはそう言うと相方の脇腹を肘で小突く。そして少し意地の悪い顔を向けた。少年のこの気遣い、6つ歳上の男にも見習って欲しいと思っている。
「だな……フィエロ。俺もここからは、特に君と話をすべきと思っていたんだ」
ローダにはルシアの裏の真意まで読み取れたのかは定かではない。構う事なく自らが言いたい事を話し始めた。
その話は日が昇るまで続いた。ルシアは流石に起きていられず、ローダの背中にもたれ掛かって眠りに落ちた。話が済むとローダの方も眠ってしまった。
フィエロはそんな二人を見ながら何と豪胆なのだろうと思う。
(ひょっとして俺がいるからいいやって思ってくれてる? もし、そうなら光栄だな)
何だか少し誇らしい気分に浸った。これまでの人生において、一番濃密で有意義な夜をくれた二人に感謝の気持ちで胸が溢れた。
「フィエローっ」
不意に心地の良い声が聞こえてきた。スオーラである。一人の様だ。網カゴを持っていた。どうやら朝食を持って来てくれたらしい。
こちらに向かって来る彼女の背後に朝陽があって一段と輝いて見える。
「す、スオーラ…さま」
「スオーラで良いってば…さ、さっきは、い、色々と……」
「………?」
「か、かっこよかったぞ……あ、ありがと…」
スオーラは自分よりもずっと背が高い相手を見上げながら、今の気持ちをたどたどしく打ち明けてみた。
それはフィエロの心を撃ち抜くのに十分な破壊力があった。
そして二人は丁度良さそうな瓦礫の上に横に並んで腰を下ろす。
「お、御二人は寝ちゃったんだね。ち、ちゃんと話は出来た?」
「は、はい。大丈夫…ッス」
二人共、口調がとにかくぎこちない。互いに息を飲む回数が多く、そんな緊張を悟られると思うと余計に鼓動が高鳴ってゆく。
「そ、そっか。フィエロって結構強いんだね。で、でも
「あ、それ…なんすけど…昨夜ローダさんと話をして、お、俺、ローダさんの所に行くって決めた…ッス」
互いに歯切れが悪いのだが、フィエロのそれは特に酷い。きっと色々とまだ隠しているのに違いない。決して目を合わせようとしない。
「えっ……」
スオーラはそれきり押し黙り俯いてしまった。
「あ、いや、その、あの……敵をやっつけたら戻る…ります」
「本当ねっ!」
歯切れも押しの強さもなかったスオーラが突如再びマウントを取る。そしてフィエロの両肩を掴んで顔を近づける。視線を逸らすのは無駄だと悟らせる為だ。
「は、はい。や、約束…ッス」
フィエロは小声でそう言ってから小さく頷いた。
「そっか、分かった。ぜ、絶対だから…ねっ」
「す、スオーラ…?」
スオーラの声が震えている。今度は泣いているのだ。彼女は悟っていた。きっとフィエロは残った仲間の僧兵を前面に出して戦う気なのだと。
修道兵の上位クラスはアテに出来ない。けれどもあくまでロッギオネの兵の先導で敵を打ち破りたい。
だから決死の覚悟を決めているのだろう。口調は頼りなくとも、彼の顔は決意に満ちていた。
しかしフィエロは正直とても困りはてた。決死の勇気は持っていても、こんな時に胸を貸してやる様な器量は持ち得ない。
でも隣で泣いているこの女を愛おしくて仕方がないのだ。
「す、スオーラ…!」
「ん?」
次の瞬間、スオーラの柔らかい唇に上から被せられたモノ。フィエロの荒れた唇であった。
それは彼女にとって、あまりにも突然過ぎた。
「ちょ、な……」
完全にパニック状態のスオーラを他所に、フィエロはゆっくりと顔を離した。
「は、初めてなのにっ!」
「そうか、そいつはいいや…いいか、これは手付だ。か、必ず続きをやっから、死んだら絶対許さない」
駆け引きも何もあったものではない。指を差しての予約宣言。完全に勢い任せである。スオーラの涙は取り合えず止まった。フィエロは安堵で完全に油断した。
「ンッ!?」
今度は彼が驚く番だ。立場が逆転、スオーラが唇を重ねて来た。こちらもゆっくりと離れるが、身体はフィエロの逞しい胸板に預けたままだ。
「や、やり逃げなんて、絶対に許さないんだから。つ、続きね、 い、いいよ……そ、その代わり、せ、責任、取って貰うから…」
「ん?」
フィエロにはいいよの後の言葉が聞こえなかった。そこだけ声が小さかったのだ。
「し、知らないっ!」
スオーラはフィエロを勢いよく突き飛ばした。
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