第5話 副長は大変ご立腹である
ローダとルシア、二人が夜空を飛んだ頃、砦の主であるフィスチノは起きていた。
彼女にとっての夜は身体を休める時ではない。むしろ覚醒している最中なのだ。そしてローダの想像通り二人は探知はされていた。
「可愛い男と
フィスチノにとって後者の女は正直どうでもいい存在。さらに空を飛べる事実も大した問題はない。
それよりも二人が着地した先にいる男の匂いが気になった。
「おや、こちらも中々良い男の匂いがするねぇ。こんなヤツがまだいたんだねぇ」
またも薄気味悪い顔で口角が上がる。今はその存在を見つけただけで満足なのだ。
「で、あとは
フィスチノはその場から消えた。少しだけの砂を残して。
◇
「あそこだ」
「手を振っているのは男の子? リイナの友達って雰囲気じゃないけど…」
ローダとルシアは、あっという間に狼煙を上げている上空に辿り着いた。目の前にいるのは、若い男子一人きりである。とても驚いた目でこちらを見ていた。
「いや、後ろの瓦礫の影、もう二人いる」
「成程、そちらが本命の様ね。りょーかい」
そしてローダは瓦礫の影の二人の前、ルシアは狼煙の男子の前に着地した。これなら万が一、敵であっても各個で迅速な対処が出来る。
「やあ、って…あれ?」
ルシアは笑顔を作って友好を示そうとした。だがそこにいた筈の男子の姿がない。その背後では剣士と棒術使いがぶつかっていた。
(速いっ!)
(な、なんでコイツは鞘で受けてんだよっ!?)
狼煙の男子、フィエロは上空の男がスオーラとエリナの元へ向かったの察知して、回転しながら後方に飛んだ。両手で握った棒を男へ向かって、回転の勢いも載せて腹の辺りを払おうとした。
対するローダはロングソードを抜いたかと思いきや、構わず捨てて右手で鞘を握り、棒を受け止めたのだ。
「フィエロ、やめなさいっ!」
スオーラの制止を要求する声が飛ぶ。
「驚くのは分かるが戦意はない。なければ
ローダも少し鋭さを帯びた声で威嚇する。
これには血気立ったフェイロも流石に止めざるを得なかった。
「し、失礼致しました。我が主、スオーラ様の危機と感じ、勝手に身体が動きました」
フィエロは後ろに下がり、いきなりの非礼を詫びた。
「いや、きっと俺でも同じ事をした。こちらこそすまない」
ローダは言いながら落とした剣を拾いにいく。
「びっくりしたよっ。君、中々にやるじゃない。リイナの友達はそちらの可愛い女の子って事で合ってる?」
そこへルシアが合流する。彼女は一瞬驚きはしたが、後方のやり合いをジッと観察していたのだ。
スオーラは少し気が飛んでいた。戦うフィエロの姿を見るのは初めてであり、そのキレの良さに驚いた。修道騎士なんかより余程強そうだ。
しかしそれを意図も容易く受けた剣士にはもう言葉がない。
「あ、はい! そうです、スオーラと申します。リイナちゃんとは歳こそ4つ離れてますが学校の同期で今も文通をしてます。お、御二人の御活躍は伺っておりました」
とても慌てつつ緊張した面持ちで返事した。
それを聞いたルシアとローダは思わず顔を見合わせた後、少し吹いてしまった。
「待って? それじゃあ私達、連絡する相手を間違えていたって事!? こんな友達がいるのなら、リイナも言ってくれれば良かったのに」
「ま、まあ彼女もエドルの時は、特に大変だったんだ。こんな事だってあるさ。それに修道兵のトップと交渉するのが本来のやり方なんだよ」
二人は破顔しながら笑い合った。確かにリイナから話を通せば早かったが、ローダの言う事も正論だ。
まあ、とにかくこれで晴れて話が出来る。皆がそう思った矢先である。
棒と刃が、激しい音を立ててぶつかり合った。
「おぃ、貴様ァ。姫様の顔を立てて、俺らの居場所に入る事は許してやったんだ。だがな、これはどういう了見だあ?」
「ルッソ! 違うのです! これは…」
「姫様はお黙り下さいっ! 俺は修道兵副長として、
ルッソ・グエディエルが振り下ろしたシミターを、フィエロは棒を高々と上げて防ぎきった。彼は注意と言うが、フィエロへ向けられたそれは殺気に満ち溢れていた。
「御言葉ですが副長。貴方様のやり方では
「それが越権行為だと言っているっ!」
ルッソとフィエロの立ち合いが始まってしまった。ルッソの剣は実に好戦的であり、その全てが急所を大振りで狙って来る。派手さはあるが実は至極読みやすい。
対するフィエロは守りに徹しており、最少の動きで全てを受けている。顔は少々緊張の面持ちだがそれは仕方がない。
味方、それも現在の最上長者と戦っているのだ。彼の心情は察して余りあるといったところだ。
(「待てルシア、ここは彼に任せてみよう。少し実力が見たい」)
ルシアは自らが動いて争いを止めようとしたが、ローダが心の声を伝える『
(「分かるだろう、フィエロといったか。さっき立ち会った時にも感じたが、彼は相当な使い手だと見た」)
あとはこの状況をどうやって収めるか。それすら上手く立ち回れるのであれば、ローダの頭に描いている方程式に彼を組み込む事で、正解に近い答えが導き出せるかも知れない。
ロッギオネを当人達の手で解放する手立てである。
(さて、どうしたものか…)
フィエロは悩んでいた。大変に無礼だが余裕だと判ってしまった。但しルッソの攻撃がこの一辺倒で終わる前提の話である。
だが流石に殺す訳にはいかない。加減しながら戦うというのが実に難しい。彼の武器は鉄棒。殴りどころが悪ければ容易に命を奪えるのだ。もしそうなったら彼も母エリナもロッギオネの居場所を追われる。
彼は少し後方で飛び、間合いを広げた。が、少しやり過ぎの様にも思える。これでは180cmの棒のリーチも活かせない。
「逃げるか、さっきから守っているばかりだなっ!」
ルッソは間髪入れずにシミターを振り上げて飛びかかった。何とも傲慢で無知な剣か。相手が怯えて逃げる様な弱者なら、これでも通用したかも知れないが。
彼はフィエロをその程度の相手だと見くびっているのだ。
フィエロはすかさず中段突きで応戦する。正確には突いたとは言い難い。ルッソの振り下ろされる腕の動きを読んで、その位置に棒先を置いたが正しい。
それ程に柔らかい繊細な動きであった。
「ウグッ!?」
剣を握る手が丁度棒の先に当たってしまった。手に激痛が走り、剣を落としてしまう。すぐに拾おうと屈んだが、あとはまるで罪人の様に棒によって抑えられてしまった。
「油断されたご様子ですね、まだ続けられますか?」
フェイロは上から声を浴びせた。ルッソにとって最大級の屈辱なのだが、手の痛みは当分消えそうにないし、これ以上醜態を晒すのは流石に受け入れられない。
「お、俺の負けだ。だが次は絶対こうはならんぞ」
「肝に命じます」
フィエロは棒を引き、ルッソも手を抑えつつ、剣を拾って立ち去った。
「ふぅーっ」
どうにか怪我もさせずに成し得た事、そして想像以上に副長が弱くて呆れた事。様々な心労から思わず深い溜息を吐いた。
不意に後ろから首を腕で軽く絞められた。その腕も背中に当たる何かも異様に柔らかく心地良い。
「君、やっぱりやるじゃないの」
柔らかいものの主はルシアであった。フィエロの顔に火が灯る。
「とと、とんでもないです。きっと油断されていたのでしょう」
フィエロはサッサと腕を振り解き、大袈裟に首を振って全否定した。
スオーラはそんなフィエロを見ながらムッとする。そして自らの胸とルシアの胸を見比べて、さらに口を尖らせる。
(ンンッ? 何で私は腹を立てているのかしら?)
そう思い直し、また改めて頬を膨らますのであった。
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