第4話 その御導きに涙する
ローダとルシアを乗せた戦艦は順調な航海で約2日をかけて、アディスタラが見える海上に碇泊。
その後、さらに4日が経過した。航海中そして碇泊後も修道兵に対する親書を送り続けたが何の返事も来なかった。
「どうする? ご飯がなくなる前には何とかしたいよ。そして何より…」
ルシアはロッギオネ…と言うよりも、とにかく陸地を見つつ思う所がある。
「うん?」
「海水じゃないお風呂に入りたーい、ベタベタするーっ!」
(それが本音か…)
まあルシアの言いたい事も分かる。しかし真水は食料よりも重要な資源であり、浴槽はおろかシャワーすら勿体ないのだ。
修道兵達の対応は想像通り。それよりも大変気味が悪いのは敵の出方である。
向こうからも当然こちらが見えている筈であり、にも関わらず何も動きがない。
海上にいるこちらを攻撃する手段を持ち得ていないというのは、流石に考えが甘すぎるであろう。
ただ空か海を越える攻撃に余計な浪費は避けたいといった所か。
(或いは何かを待っているのか…)
こちらはその気になれば空を飛べる二人がいるし戦艦にも砲台がある。
戦力には余裕があるのでもう少し様子を見ようというのが、ローダの決定である。
先手を打ちたくないという事もあるが、それよりもリイナの言っていた修道兵と司祭は、一枚岩とは言い難いという話が気になっていた。
そしてさらに2日後、その気掛かりが形となってやって来る事になる。
◇
ローダ一行の戦艦が碇泊した頃、ガエリオ親子はスオーラの部屋に転居した。
母エリナも息子と同様に同居の申し出を丁重に断ろうとしたのだが、結局スオーラに押し切られてしまった。親子揃って断るのは苦手であった。
次の住まいが見つかるまでという限定付きである。
母親も一緒とはいえフィエロにとっては、まさに青天の
僧兵と司祭の母、いずれも民衆の出身という事で、良い血筋の修道兵達に大層な嫌味を言われたが、そこはスオーラが”私が誰を部屋に呼ぼうが勝手でございます”と斬って捨てた。
しかしフィエロには個人的に大きな問題があった。
(た、確かに広い部屋だけれども、文字通り広いだけじゃねえか…)
と、いう事である。寝床は避難施設の物を借りればどうとでもなる。しかし区切りの板すらすらない。
所詮はただの避難施設である。部屋があるだけまだマシなのだ。
元々は同施設の管理者用の部屋で、姫様だからと特別にあてがわれたのだそうだ。
トイレはあるが、風呂やシャワー等は当然ない。この部屋で身体を拭いているという。
(スオーラ様は俺を棒っきれ位にしか、思われていないのであろうか……)
フィエロは19歳、通常の性癖を持つ男子であれば、頭がどうにかなりそうな話である。同居初日の夜は彼1人だけ眠れなかった。
部屋云々は取り合えず棚上げしよう。フィエロは修道兵達の会話位なら、自由に聞き耳を立てられる権利を得た。
そして海上に碇泊しているエディンの軍艦に乗船している者の名を聞く事になる。
「ローダ…確かエドナ村にて、あの黒い剣士と対峙しそれを追い払った者の名がその様な御方だったかと」
「スオーラ様は何故その様な事を御存じなのですか?」
「フィエロ、スオーラで良いって言ったでしょ?」
「質問を質問で返さないで頂きたい。それに今はそのローダという方の話が先です」
フィエロは他の修道兵達が使う姫様呼びが、失礼に当たるという常識を持っていた。
しかしスオーラは敬称はおろか、敬語すら不要だと言う。
「同じくエディンの民衆軍と共に戦っている古い友人からの手紙よ。リイナっていう……」
「リイナ!? リイナ・アルベェラータの事でございますか?」
エリナが驚いて口を挟む。
「あ、先生はリイナちゃんの事を当然御存知ですね?」
「はい、勿論です。大変優秀な生徒でしたし、そして何よりもあの子は従妹の娘なのですよ。何という偶然でしょうか。リイナ…嗚呼、あの子もエディンの軍に…」
エリナは色々と思う所があり、少々目頭が熱くなってしまった。
「えっ、リイナちゃんって先生の御親戚だったのですか」
「はい、左様でございます…」
そうなのだ。学科こそスオーラと違えどリイナは同じ学校の卒業生。
10歳で入学し14歳で卒業という、いずれも異例の若さであり、その偉業は教職員のみならず、後の入学生すら知っている存在だ。
14歳で入学し17歳で卒業したスオーラも十分過ぎる程の天才肌なのだが、リイナは余りにも若すぎた。
同級生に10歳の少女。異常過ぎるその存在故に、中々友達には恵まれなかったのだが、物怖じしない性格のスオーラは数少ない友人であった。
「そうだ、何でこんな簡単な事に気がつかなかったんだろ」
スオーラは思いついた事を2人に語った。それは名案と快諾するのであった。
◇
碇泊して5日の夜の事、ルシアは眠れず一人甲板に出て星を眺めていた。
ローダも誘おうと部屋をノックしたのだが、返事はなかったので諦めた次第である。
「随分月が欠けてる。あと4日程で新月かしら…」
そんな事をボーッと呟いてみる。特に意味は持ち得なかった。
海風が頬を撫でる。これもいつもと同じ…。
「んっ、んんっ!?」
海風が何かを語り掛けた様な気がした。耳に手を当てて意識を集中する。
「くれないの…けん…し……わた、しは……もりのてん…しの…ともだ…ち…は…なしが……したい」
(紅の剣士、私は森の天使の友達、話がしたい。 確かにそう聞こえた!)
ルシアは慌てて駆け出すと、再びローダの船室へ行き、今度は容赦なくドアを叩いた。
やはり起きる様子がないので、ノブを回してみると鍵は掛かっていなかった。
「うん? …んんっ!? 何だ!? いきなりどうした!?」
気がつけばルシアが軽装で自分の船室にいる。小さなベッドと着替えを置いただけでスペースがなくなる部屋だ。
自然に二人の距離は失われる。
しかも暑いので彼はパンツを履いただけの姿だ。
「聞いたのよ! 確かに!」
ルシアは構うことなくベッドに乗りかかり詰め寄った。傍から見れば女性から吹っ掛けた夜這いの様だ。
「き、聞いたって何を!?」
ローダは部屋の奥の壁に身体を密着させる様に撤退する。その顔は実に情けない。
ルシアはようやく自分がやっている行為に気がついて、顔を染めながら脱ぎ捨ててあった服を投げつけた。
そして顔を背けながら発言を続ける。
「多分、風の精霊を使った伝言。力が弱いのかとても小さな声だったけど、確かに聞こえたのよ”紅の剣士、私は森の天使の友達、話がしたい”って!」
「何だって?」
ローダは服を羽織りながらようやく自分を取り戻した様だ。
「森の天使は間違いなくリイナの事だ。リイナの友達が話がしたいと言っている…が紅の剣士とは何だ?」
「それって貴方の事じゃないの? エドナ村での
それを聞いたローダはガバッと立ち上がると、ルシアを押しのけあっという間に甲板に駆け上がった。ルシアも慌てて後を追う。
彼はアディスタラの方角を見ながら必死に何かを探していた。
「アレだっ!」
指差した先に煙と焚火らしいものが確かに見える。狼煙のつもりらしい。
既に深夜である。廃墟に等しいこの街で見える灯りと言えば、他には例の砦の周辺位なものだ。
「ルシア、今すぐに装備を。そして往くぞ、あの場所へ!」
「行くって飛ぶって事? 迂闊じゃない? 魔法探知されるかも知れない」
「そんな事が出来るのなら向こうが精霊を飛ばした時点でとうにバレてる。きっと分かった上でやっているんだ。多分修道兵達じゃない。でもリイナの友人を名乗る人物が俺達と会いたがっているんだっ! 行くなら今だ!」
「「風の精霊達よ我に自由の翼を!」」
二人は装備を整えると風の精霊の力、自由の翼で飛んで行った。まるで双子の流れ星の様な光景であった。
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