ムコウガワ

星雷はやと

ムコウガワ



「けほっ……こほっ……」


 乾いた咳が部屋に響く。僕はベッドから、恨めしそうに青い空を見上げる。小学校が冬休みに入った途端に、風邪を引いてしまった。熱はとっくに下がったが、ここ一週間咳が抜けない。その為、両親から外出を禁止されている。


 本来だったら家で大人しくしているなんて絶対無理だ。僕は外で友達と遊びたい。でも僕がこの生活に耐えられているのには、ある存在が支えになっているからだ。


 コツコツ、硝子を叩く音に飛び起きる。


「あ! やっほう! 待っていたよ!」


 急いでベッドの脇にある窓を開け、窓の向こうに現れた友達に言葉をかけた。


「こんにちは、シュン。そんな急に動いて大丈夫かい?」

「大丈夫! 時々、咳は出るけど元気だよ!」


 彼が心配そうに僕の体調を尋ねて来た。優しい友達に心配をかけたくない僕は元気良く返事をした。


「そうかい? でも、咳が完全に治るまで無理をしてはいけないよ?」

「まったく……心配し過ぎだよ」


 一週間も僕の格好がパジャマでは説得力がなかったのだろうか、彼は念を押す。本当に咳が出るだけで、体は至って健康的だ。彼の気遣いは嬉しいが、少し恥ずかしくも感じる。


「はは、大切な友達だからね」


 彼は優しく微笑んだ。同世代だというのに、少し年上の余裕がある。


「ほ……ほら、それよりも昨日の続きの話をしよう!」

「そうだね。じゃあ、昨日の続きから……」


 僕は恥ずかしさを誤魔化すように、彼に話しを振った。そんな僕の心境を察し頷くと、昨日の続きを話し始めた。


 そう僕がこの生活を耐えられているのは、彼のおかげなのだ。彼とは、僕が熱に魘されている時に窓越しに出会あった。両親不在の心細い中では、言葉を交わさずとも見守られていることに安心して眠ることが出来た。

 熱が下がってからは、こうして窓越しに彼と会話を楽しむのが日課になっている。


「あ、あのさ……」

「ん? 如何したんだい?」


 話しを遮るように、僕は言葉を発した。すると彼は不思議そうに僕を見た。彼の金色の瞳には、緊張した顔の僕が映る。


「えっと……咳が治ったら、外でも遊んでくれる?」


 彼とは窓越しでしか会っていない。僕の咳が治らないことが原因なのだが、咳が治ったら外で一緒に遊びたい。その気持ちを僕はずっと抱えていた。


「……うん。勿論だよ。そうだ、今から行こう!」

「えっ?! 今から!?」


 僕の言葉を聞くと、彼は金色の瞳を見開いた。そして嬉しそうに笑うと、僕に左手を差し出した。

 彼の急な申し出に僕は戸惑った。咳が治るまでは無理をするなと言ったのは、彼だ。矛盾した行動や発言は彼らしくないと思えた。だがしかし、彼と一緒に外で遊べるのは嬉しい。少しぐらい良いだろう。僕は彼の手を取ろうと、右手を伸ばした。

 

「もう! シュン! 窓を開けたままにしていたの!? まだ咳が出ているのに! 体を冷やしちゃ駄目でしょう!」

「え?」


 背後からドアが開く音と、母さんの声が部屋に響いた。僕は右手を伸ばした状態で固まり、母さんは窓とカーテンを勢い良く閉めた。


「それに、危ないから窓は開けては駄目だと言ったでしょう?」

「こほっ! でも……友達が……こほっ!」


 母さんは振り向くと、僕の頬を撫でた。なんで窓やカーテンを閉めるんだ。彼と遊びに行けないじゃないか。僕は咳に邪魔されながらも、窓を指差した。


「お友達? 此処はマンションの5階よ?」

「噓だ……だって……さっきまでそこに……。げほっ! げほっ!」


 怪訝な顔で、母さんは驚きの事実を告げた。そうだ、僕が住んでいるのはマンションの5階だ。だが、彼は窓から僕に会いに来てくれていた。これは如何いうことなのだ。考えようとするが、それを邪魔するかのように咳が出る。


「嫌だわ。熱がまた出て、幻でも見たのね。休みなさい」


 横になり母さんに頭を撫でられると、眠気がやって来た。重くなる瞼に逆らうことが出来ず、ゆっくりと瞼を閉じる。


 コツコツ、硝子を叩く音が響いた。


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ムコウガワ 星雷はやと @hosirai-hayato

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