第39話 夢
◇
ランタンの明かりが灯る真夜中の工房に、二つの影が伸びている。
「メブキさー……んを発見した時は何も身につけておらず裸。火傷に骨折、内臓破裂……死の淵に立っていました。正直に伝えずよろしかったのですか?」
「本人が覚えておらぬのに、わざわざ辛かったであろう状況を話すほど妾は鬼ではない。万が一思い出して、話が違うと怒られたら素直に謝るまでの事。……そなたが代々受け継いできた薬を調合する技術に救われたな」
「ありがとございます。これらの技術を娘へ繋ぐことが出来ます。コクヨウ様のおかげです」
「衣療樹の葉をもう一枚手に入れたとしたら、また調合してはくれぬか」
「その際は承りますが、メブキさんへ使用しても二度目では効果は現れません。生涯において一度しか手に入れられず、死んでいない限り、どの様な怪我や病気でも立ち所に治す衣療樹の葉……。本来であれば、エスクトリア王国の王族しか手に入れられなかった物を、何故メブキさんが手に入れられたか不思議でしょうがありません。……もしかして」
「それは無い。断言できる」
「……そうですよね……」
「ただ、フィル村が街になり国となった時。何処かに息を潜めておった末裔が、素知らぬ顔おして訪ねてくるやも知れぬぞ」
「それは、希望が持てますね」
微笑むソワ。
「芽吹の件で妾はソワに大きな借りが一つ出来たな」
「その様な事はございません。村を救って頂いたのですから」
「芽吹と〜……」
黒曜は何かを言いかけたが言葉には発しなかった。
「そう言うでない、素直に受け取ってくれぬか」
「かしこまりました」
「窮地に陥り己が力で解決が困難な時は妾の名を呼ぶが良い。駆けつけ持てる力の全てを注ぎ対応しようぞ。遠慮いらぬ、それほどの事をしたのだからな」
「コクヨウ様、貴方様の本当のお姿は」
「必要以上の検索は無しじゃ。それと芽吹は様はいらぬと言うた、ならば護衛たる妾が様付けで呼ばれるのもおかしかろう。見た目通りちゃん付けで構わぬよ」
「ふふ。コクヨウさんお戯を」
芽吹の時と違い、ソワは即答した。
「今後、フィル村をどうするつもりじゃ? 樹海ができた事により否が応でも目立つぞ」
「村の入口を新たに大きく切り開き、存在を大々的にアピールしていこうと思います。樹海の全てを領地と主張する気は有りませんし、協力できる種族が入れば共にとも考えております。死が身近にあったあの時と比べればどの様な困難が来ようときっと乗り越えられます!」
「そうか」
微笑みを見せる黒曜。
「メブキさんが落ち着きましたら、ささやかですが村で宴を開きたいと思います」
「大量の肉を期待しておるぞ。そうじゃ! 妾にも一着作ってくれぬか」
「喜んで仕立てさせいただきます。デザインはいかがいたしましょうか?」
「どうやら妾は疎い様でな、芽吹にさんざんダメ出しされた。故に任せる」
「分かりました」
ソワが立ち上がり、帰ろうとする。
「ああ、妾達は近々村を去るだろう。今の内に伝えるべき事があれば済ましておくのじゃ」
ソワはお辞儀をし去って行った。
「時代を動かすのは良くも悪くも人族。父上は口癖のように言っておったが……成る程な」
建物の外、夜空に星が流れた。
「衣療樹で倒れていた芽吹に、浄化と炎の加護の形跡があった。それから続いた雨で樹海の出現……偶然か?」
黒曜が工房に灯るランタンを消す。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 鉄の盾
〈 分 類 〉 盾
〈 耐 性 〉 炎(小)・腐食(大)
〈 特 殊 〉 無し
〈 潜 在 〉 狂乱(一定時間使用時)
〈 備 考 〉 打撃に弱く実用性に欠ける・狂乱時身体能力アップ(小)
〈 稀 少 〉 Cランク
〈 製作者 〉 芽吹
黒曜の《鑑定》は芽吹の《鑑定》とは精度が違う。より詳細な情報が表示される。
「たかが一つの命を懸けただけで、Eランクの芽吹が二つ上のランク装備を作るとは……ふふふ。なんたる偉業」
床に緑色の魔法陣を引き、その上に鉄の盾を載せる。
「かような淡き光を放っておきながら狂乱効果とは……呪いの盾ではないか、本当に面白い。だが、これでは使い物にならぬ……」
魔法陣から何度か光が発せられ、共鳴するように鉄の盾も光だす。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 鉄の盾
〈 分 類 〉 盾
〈 耐 性 〉 炎(小)・腐食(大)
〈 特 殊 〉 無し
〈 潜 在 〉 狂乱(封印)
〈 備 考 〉 打撃に弱く実用性に欠ける・狂乱時身体能力アップ(封印)
〈 稀 少 〉 D+ランク
〈 製作者 〉 芽吹
「装備ランクが下がってしまったが、こればっかりは致し方あるまい。次はどの様な防具を作り見せてくれるか楽しみじゃ。誰であろうと芽吹は渡さぬ。……妾だけのモノ」
暗き工房で黒曜の楽しそうな声が響き渡るのであった。
◇
一体の巨大生物に対峙するシルエット達。吹き飛ばされ踏み潰され、尚も立ち向かう姿は、まるでおとぎ話に出てくる英雄達。
巨大生物の口に膨大な力が集まっていく。あれは滅びをもたらす力、決して撃たせてはならない。
「……夢か」
どんな夢を見ていた? 冒険譚だった気がするが思い出せない。隣の寝床では黒曜が掛け布団に包まって気持ちよさそうに寝ている。
「顔でも洗ってくるか」
桶を持ち借家の扉を開ける。
「……朝から何しているんですかルレイさん……」
「馬の散歩だが」
「メブキさんが心配で、普段とは違うルートを散歩させているんですよ。しかも同じ場所をグルグルと」
地面を見ると、馬の蹄の跡が至る所に付いている。
「おい、余計な事を言うな!!」
ネイツさんもいたの!? てか、何処から出てきたんだ。
「メブキ。体調はどうだ?」
「おかげさまで良くなりました」
「よし! ならば今日の夜、空けとけ。コクヨウちゃんもだぞ」
この強引な勢いの誘い方、飲み好きの先輩に誘われてる感じがして懐かしい。
「分かりました」
「ネイツ帰るぞ」
嵐のように去って行ったルレイさんとネイツさん、いったい何だったんだ。
井戸の前で釣瓶を使い水を汲み上げ、桶に入れ顔を洗う。ようやく慣れてきた。病み上がりだから夜までゆっくりしたいけど、何をして時間を潰すか……スマホも何も無い。そうだ、染物の書物を読もう!
借家に戻り染物の書物を読み進めるが、初めて見る素材の名前がひたすら載っている。ただ、挿絵や注意点が書かれてはいるので、何となくではあるがイメージが湧いて面白い。
「メブキさーーーん」
「は? ヒィ!?」
ネイツさんに体を揺らされている。いつの間に部屋に入ってきたの!?
「少しはやいですが、準備が整いましたので呼びにきました。聞いてはいましたが〜メブキさんの集中力、凄いですね」
「そ、そうですか」
「ほう……準備が整ったとな」
「はい、バッチリです」
黒曜が寝床から這い出て来た。 え!? まだ寝てたの、寝すぎじゃないですか??
「芽吹行くぞ!」
「お、おう?」
やけにノリノリな黒曜、どうしたんだろう。
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