第37話 蘇った大地
「……おはよう」
「芽吹ーー! 妾の事わかるか? 体は何ともないか? 芽吹、芽吹〜〜」
幼女こと黒曜が私の体を力強く揺すっている。
「え? ええ?? そ、そんなに揺すられたら目がー」
てか、掴まれている肩が痛い。骨がミシミシと悲鳴を上げているからか!
「黒曜さん、落ち着いてーー」
「……覚えておらぬのじゃな」
黒曜の両目が腫れている。もしかして、泣いていた?
「何の話??」
「妾が衣療樹の根元で芽吹を見つけた時の話じゃ」
「……衣療樹?」
そうだ! 瘴気を抑える為に黒曜と共に向かった場所だ。
「瘴気はどうなった!?」
……どうなった? 思い出せない、確か……。
「オッェゲェェェ」
不意に強烈な吐き気が込み上がってきた。
「すまぬ、既に解決しとる! 全ては終わったのじゃ、無理に思い出さんでも良い」
黒曜の小さな手が私の背中を優しく撫でる。
「……空気を入れ替えるぞ」
窓が開くと、涼しい風と共に木々のせせらぎが聞こえてきた。
「エ!?」
寝床から降り外を見ようとするも、足がおぼつかない。
「あっ」
倒れそうになる私を黒曜が手を差し伸べ、体を支えてくれた。足に力が入らず、黒曜の支えでなんとか立っていられる状態だ。どうしたんだ私の体? それに、黒曜……いつもより優しくないか?
「私の服はどこ? 今着ているのフィル村の人達と同じなんだけど」
「まて、まて。順を追って説明する。外へ行きたいんじゃろ」
体を支えられながら借家から出ると、フィル村が木に囲まれていた。……いや、森の中にいると言った方が正しい。木々の幹はどれも太く、青々とした葉が生い茂っている。もしかして、私は百年以上寝ていた?
「ここは……何処だ?」
口の中が急激に乾いた様な気がした。
「空の散歩と行こうではないか」
私の混乱をよそに、軽く提案をする黒曜。背中から漆黒の翼を出して、私の両脇を手で抱え空へ飛び上がった。
上空から見下ろすと、元々結界が張っていた石畳や衣療樹周辺はそのままに、フィル村を中心として深い緑の絨毯が広がっている。森なんて言葉では足りない、これは……樹海。これこそが隠れ里。
「どうじゃ?」
「黒曜と共に見る景色はいつでも最高だよ」
「戯言を言えるほどには回復したか。それならば、ソワの所へ向かうぞ」
少し嬉しそうな声を出して、ソワ村長宅へ降りたった。
「一人で立てるか?」
「大丈夫そうだよ、心配してくれてありがと」
上空から村人を見かけることは無かった。これだけ木々が生い茂っていることは、相当年月が経っている。私の知っているソワ村長が生きているかも怪しい。知らないソワが出てきたらどうしよう……。
黒曜が扉を叩く。中から軽い足音が近づく程に、心臓の鼓動は大きくなる。
扉がゆっくりと……開いた。
「メブキ様! 目覚められたのですね」
笑顔のフィレールさんが出迎えてくれた。
「どうぞ、中にお入りください!」
お馴染みの応接間に通され、椅子に腰を掛ける。対面には蚕を彷彿させる姿ながらも、いつもと変わらぬソワ村長がいる。
「「よかった……」」
私とソワ村長の呟きが重なった。
フィレールさんが、大きい木のコップにぬるいコチ茶を入れてくれた。一口含む……胃に体に優しく染みていくのが分かる。
「……うまい」
「急に押しかけてすまぬな、依頼していた品を受け取りにきたのじゃ」
「かしこまりました。フィレール、例の服を」
私の感動をよそに、黒曜とソワ村長の会話が進む。フィレールさんが私の着ていたスーツ上下とワイシャツなどを持ってきてくれた。クリーニングから戻ってきたと勘違いする程に汚れは落とされ、シワ一つ見当たらない。
いや、これは私が元々着ていた服じゃない! 黒曜にソワ村長、フィレールさんが微笑んでいる。分かっているよ、こんな時はあれでしょ。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 スーツ上
〈 分 類 〉 衣類
〈 備 考 〉 至高の逸品
〈 稀 少 〉 A+ランク
A+!? 名匠と呼ばれる職人が作った中でも、特に完成度の高い品じゃ無いか!
「一部素材が分からず、代用して仕立てさせていただきました。色の再現もできる範囲になりましたが、きっとご満足いただけるかと思います」
「それを着てくるがよい」
別室を借りてワイシャツ、スーツなどを着ていく。
全ての服が軽くてなんといっても肌触りがいい。それに前と違いスーツ特有の肩周りの窮屈さが無くなっていて、動きやすい。これ、社畜時代に着たかったぞ!
応接間に戻ると皆が満足げに頷いている。
「でも、私のサイズよく分かりましたね」
「その方を一目見れば、
あーー、あの時か。
「でも、なぜ同じ物を? フィル村の人達が着ている物や、街で多くの人が着ている服の方が仕立てるのは楽だと思いますが」
「前に、芽吹が会社で着る正装と言ったではないか。それに、思い出の物じゃろ。じゃから妾が無理を言ってな」
……思い出か……。
「ただ、靴は専門外でして……。極力似せた形でのご用意をさせて頂きました」
いやいや、区別つきませんよ。専門外でこれだけの品を作るとは、ソワ村長凄すぎです。
「靴まで用意していただき、ありがとうございます。これだけの物を仕立てるのにかなりの日数がかかったのではないですか」
「そうですね。三日かかりました」
「三日! たった三日でこれだけの服を!?」
「成人の儀でも三日で仕立てていたそうです。ですが、当時と同等以上のを仕立てられたと自負しております」
「あの……私はどれほど寝ていたのですか?」
「五日です」
「そんなに!?」
……いや、驚く所はそこだけじゃない。
「では何故、樹海が出来ているのですか? それこそ五日では無理ですよね」
「その疑問には妾が答えよう」
黒曜は難しい顔をしながら声を上げた。
「妾が芽吹を見つけた時は結界、瘴気共に無くなっておった。倒れていた芽吹を担ぎ村に戻る際、盛られていた竜力石の粉が勢いよく舞い上がり、広範囲に散らばっていった。それにより戦争の影響で痩せておった土壌は改善され、本来であれば三百年経てば今の現状と同じようになるはずじゃった……が」
不思議な事に黒曜はその先の話を続けず、沈黙が流れた。
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