第36話 おやすみ


「着いた……」


 巨木を中心とした一定範囲には、野草一本生えていない踏み固められた土の大地が広がり、巨木の側には小さな社が建っている。


 もたれかかる様に巨木の根元に腰を下ろす。長い道のりだった……。道のり? 何しにここまで来た? ……思い出せない。


 綿畑から拳大の青白い玉が一個、こちらへ飛んできた。僅かに遅れ同サイズの赤黒い玉が五個、後を追うように飛んでくる。


 赤黒い玉は先頭の青白い玉に変わるがわる体当たりを繰り返している。攻撃しているように見えなくもない。赤黒……黒……影。そうだ! 盾を作っている途中だった、何故忘れていたんだ。


 スキル《万物流転》を使用して金床と火箸、小槌を出す。《空間収納》から鉄のインゴットを、そして《影法師》を召喚し大槌を持たせ準備を整える。


 巨木の下で小槌と大槌が鉄のインゴットを交互に叩く鈍い音を響かす。だが、あいも変わらず思い通りの形にならない。流石に苛立ちを覚える。


 突如、大地から黒い靄が湧き出てきた。その尋常ではない量に辺りが次第に薄暗くなっていく。ただ、不思議と体から力が込み上がってくる。


《影法師》が勢いよく大槌を振り下ろした。鉄が大槌に屈した様な、鈍いながらも力強い音が轟く。


 な、何ていい音を出すんだ……あまりにもの感動で鳥肌が立ち全身が震える。


《影法師》に負けていられない! ……待てよ、さっきの綿火があればもしかして。綿畑に成っている綿火をもぎ取り大地に落とし小槌で叩く。綿火は綿の独特の柔らかさを手に残しながら、赤黒い色の光を出し燃え始めた。


 これだ! これがあれば!!


《影法師》に綿火を片っ端から収穫させ《空間収納》にしまっていく。少し離れた場所では青白い玉は今も攻撃を受けている。何の意味があるんだ……。そして、気のせいだろうか、青白い玉は小さく赤黒い玉は大きくなっていた。


 綿火を粗方集め、黒い靄が特に出ている場所へ移動する。


 そこで、《万物流転》を使い金床を大量に出す。打面を内向きにさせコの字型になる様、次々と寝かしながら置いていく。隙間をなるべく無くした後、さっき摘んだ綿火を入ればーー簡易火床の完成だ!


《影法師》を使い綿火を叩かせる。強い衝撃で綿火は次々に燃え火床が赤黒く発光しだした。


 火箸で鉄のインゴット掴み、火床へ入れ熱す。全ての準備は整った、はやる気持ちを抑える。鉄のインゴットは一本だけ失敗は許されない。


 火箸を引くと金色こんじきに光り輝くインゴットがそこにはあった。美しい……いつまでも見ていたい。いや、やる事をせねば!


「《慧眼》」


 盾の完成イメージが浮かび上がり、道筋も鮮明に見えた。


「出来る、これなら出来るぞーーー!!」


 嬉しさの余り絶叫していた。


 熱された鉄のインゴットへ小槌を打ち付ける。……吸い付くような打感が手に残った。当たり前だが熱されていると全然違う。

 大槌で叩けば大きく、小槌で叩けば小さく火花を飛び散らしながら鉄のインゴットは伸びていった。今までやって来たことは一体なんだったんだ。


 楽しいぞ! 何て楽しいのだ!! 《影法師》とリズム良く叩く叩く。形を変え続ける鉄のインゴット。


 叩く叩く叩く、どこからともなく声が聞こえた。誰だ話しかけるな! この楽しいひと時を邪魔するな!!


 叩け叩け叩け。声がかき消えるほど! 声がより一層大きくなる。叩けば叩くほど、形が変われば変わるほどに声が大きくなっていく。


 笑い声だ。一瞬、集中力がきれ声の方に顔を上げた。


 声の主は《影法師》。《影法師》に口ができている。顔の半分が口、それが大きく開かれ笑っていた。


「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」


 お前ーー何て、何て楽しそうな笑い声を出すんだ。……俺からも同様の笑い声が出ていた。


 ああ、そうか。今まで頑なに形を変えるのを拒んでいた鉄のインゴット。それが思い通りになるのが楽しくてしょうがないのか……楽しいよな〜。なんでこんな簡単な事が今までできなかったのか、不思議でしょうがない。


 ここは何て素晴らしい場所なんだ……。



「完成だ、遂に完成したぞ!!」


 完成した盾はカイト形、表面にこれと言った模様も無く地味だ。だが、最初の作品としては上出来だろう。《影法師》も満足したのかいつの間にかいなくなっている。


「……あれ……」


 力が抜け急激に眠気が襲ってきた。この充実感に満たされたまま寝るのも悪くない。


「眩しい」


 俺が横になったタイミングで青白い玉が強烈な光を放った。なんて忌々しい!!

 

 青白い玉と赤黒い玉、両者の大きさはさらに広がりピンポン玉とサッカーボール程の差となっている。青白い玉は最後の足掻きとばかりに光り輝いていた。ほっといても消滅しそうだがーー眩しい。


「あの青白い玉を追い払え!」


《影法師》を召喚して、玉の集団に向かわせる。青白い玉が大きく吹き飛ばされ、近づいていった《影法師》の頭に刺さるように乗り輝きを失った。


 赤黒い玉達は《影法師》を恐れているのか遠巻きに囲うだけで攻撃はしてこない。


「あ!」


 そうだった、竜力石の粉を撒く為にここまで来たんだ。


 慌てて《空間収納》から取り出す。


 あれ、どこに撒く? やしろ……白い粉……塩? 山の形に盛るんだっけ?? 面倒臭い。でも、これだけはやらないといけない気がする。


 面倒臭い、だるい、しんどい、移動すら億劫だ。何で俺が……ここでいいや。


 終わった全てやったやり切った。これで……寝れる。


 腹に強い衝撃が襲い体が揺さぶられた。


「イダイいぎゃい」


 何が起こった? 嗚咽が込み上げ呼吸は安定しない。何とか立ち上がりはしたものの、膝は激しく震え視界もぶれている。


 赤黒い玉が私を囲うように漂っている。何故だ!? 赤黒い玉が一個、風切り音を出し私に向かって来た。


「《影法師》直ぐにごっぢにごい、そじで俺を守れ! おい、聞ごえないのが、早ぐーピャブァアーー」


 再び衝撃に襲われ浮遊感が生じ、天と地が何度も入れ替わる。


「イビャビャァァアィイウィイ」


 今の奇声は何処からでた? 逃げなければ、ここから逃げなければーーー。


「何ぎゃごれ……」


 両足がおかしな方向へ曲がっていて歩けない。いや……動かす事すらままならない。


 赤黒い玉が三度みたび、不気味な音を上げ飛んで来る。


「グジョガーーーーーー」



 寝転び空を見ている。


 赤黒い玉が顔に向かってきたのを両腕で防ごうとしたが、焦げ臭い匂いの後で視界の半分が消え両腕は動かなくなった。それから何度吹き飛んだ? 今、赤黒い玉が見えるのは一個だけ、他四個は見当たらない。


 視界に入っている赤黒い玉が、螺旋を描き俺の腹を抉る様に突っ込んできた。が、痛みは感じない。体が意志と関係なしに動いただけだ。


 何かが破裂して口から液体が漏れ瞼が急激に重くなった。目を閉じる直前、赤黒い玉が白い何かに包まれ消滅したのが見えた。


 ……そうか、服に当たると消えるのか……。


 やっと終わった、ようやく寝れる。……起きたら染物の書物を読もう。次はもっとうまく染めて驚かしてやろう……。驚かす? ……誰を? まぁいいか、楽しみだな……。


 顔に何かかが当たり体が揺すられている。まだ……いたのか、もう……目を開けるのすら……。


 薄目を開けると褐色で黒髪の美女が泣きながら何かを叫んでいる。けど……聞こえない。


 何でそんな顔しているの……少し寝るだけだよ。


 ……起きたら……沢山お話しよう。


 おやすみ。

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