第35話 靄

 さて、朝食をちゃちゃっと済まして向かうか。《空間収納》からナンと生野菜を取り出し挟み食べる。ここに、コーヒーあれば完璧だ。……久しぶりにコーヒーが飲みたいな。

《空間収納》にテントをしまいスーツの上着にネクタイ、緑のネックレスを取り出し身につければ準備は万端だ。


 これで、本当に結界内に入れるのだろうか? 石畳の端に立ち腕を伸ばす。


「おお!?」


 見えはしないが不思議と手に弾力を感じた。


「この弾力、割れないか不安になる感覚だなぁ」


 独り言を言いながら足を進める。体に空気の層がまとわりつくのを感じながら……結界内に入った。


 中は黒いもやかかっていて見通しが悪い。それに、呼吸はしづらく頭も少しばかりクラクラする。慣れれば気にならないのかもしれないが、あまり長時間滞在しない方がいいかもしれない。


《空間収納》に緑のネックレスをしまいながら、向かう先を見る。遠くにぼんやりと衣療樹が見えた。目印はあるから迷わずに進むことは出来そうだな。

 あれ、衣療樹に葉が茂って……無い? それよりも足元の野草、色おかしくないか!? 黒の葉に紫の実がついている。禍々まがまがしい見た目からして毒がありそうだ。空から見下ろした時は、この一帯は緑に覆われていたはずなのに何故……。


 季節の変わり目で色が変わっただけか? 一応、《鑑定》をしてみるか。



「マジか」


 周辺に生息している野草は想定した通りどれも毒草だった。毒草の効果は凄まじく、失明、内臓機能大幅低下、幻覚症状などなど。明らかにおかしい、一度フィル村に戻るか? いや、だめだ。今更引き返せない進むしかない。


 進めど進めど私の足音だけが鳴る静かな場所。生き物の気配は一切感じない。不思議と風も吹いておらず、私に《状態異常(中)》が備わってなければ、この空間は音を出す物が無くなるのだろう。


 そういえば、ソワ村長に助けを求められた時、頭の中で鐘の音が鳴ったけどあれは偶然だよな……。私達がフィル村へ立ち寄らなかったら村人は全員死んでいた。立ち寄ったとしても、すぐに次の場所へ向かっていたとしても結果は同じ……。


 今後も偶然が積み重なった先で鐘の音が鳴るのだろうか? なら最初から依頼が発生する場所に条件、それと内容を一覧として渡してくれれば楽なんだけどな〜。今のままでは効率が悪すぎると思う。それが分かれば私が……俺が……私がーーうまみのある依頼を積極的にこなしていってやるよ。


 ん? 今何か変な気分だった様な……。


「む!」


 片足が湖に入ってしまった。歩きながら考え事に夢中になるのも良くないな、周りが見えなくなる。確か、この湖を越え中島まで辿り着けば衣療樹まで目と鼻の先だ。


 このまま湖を歩いて渡るか? ……途中から深くなっていて、歩いて渡るのは無理だな。ならば泳いでいくか? いや、対岸までは距離があり面倒だ。湖畔こはんに沿って歩けば、王族が使っていた舟か橋位はあるだろうよ。しかし、湖畔沿いの砂利は歩きにくい。


 思えば、ソワを断ったのは勿体無かった……やはり貰おう。あのフワフワした尻尾? を心ゆくまで堪能しなければ。まてよ、フィレールも同じ緑のネックレスを付けていた。……これは確かめないといけないな〜〜。


 ん? なんだあれは? 遠目に橋らしき物が見え、それが光輝いているぞ。金目の物か? 


 直ぐにでも駆け寄って確かめたいんだが、足元の砂利がいつの間にか小石や石だらけ。足を取られ歩きにくく、イライラする。


「ぉおお……素晴らしい」


 目の前にあるのは、金銀宝石のみで作られた光輝くアーチ状の橋。石や木なんて安価な素材は一切使っていない。それが対岸まで架けられている。


「何て、何て豪華絢爛なんだ!」


 駆け寄った勢いで橋のたもとを蹴り飛ばす。


 一欠片でも手に入れば金になる! 全部持って帰れば大金持ちだ!!



 だめだ、いくらやってもビクともしない。転がっている石も使ったが、手足を痛めただけだ。クソが! 橋の中程が大きく崩れたので、大喜びで周辺を探し回りもしたが、欠片すら見つからない。どうなってやがる!!


 水位は膝までしか無いのに、激しく動いたせいで全身ずぶ濡れで気分が悪い。出直すか? ……いや、あの巨木は目印になる。その根本に大量の財宝が眠っているかもしれない。ここまできて手ぶらで帰れるか!!


「お……さい」


 対岸の中島から誰かが叫んでいる? ただ、距離があってうまく聞き取れん。


「お若いの、引き返しなさい」


 声が聞こえる距離まで近づくと、上下白い服装をした白髪の爺さんが引き返せと戯言を抜かしている。


「ここから先は死地。お戻りなさい」

「爺さん悪いね、ちょっと寄って行きたい場所があってね」


 ビビらせて帰らそうってのか? その手にはのらんよ。


「……ならば、濡れて動きずらかろう。服を預かりましょうぞ」

「それはありがたいが、裸はちょっとな」

「お若いの、これを着るがよい」


 不意に後ろから声を掛けられた。


 振り向くとやはり上下白の服装をした白髪の婆さんが立っている。手には二人と同じ白い服。それを、半ば強引に押し付けてきた。白い服は肌触りが良く気持ちいいがーー。


「婆さん、これ少し湿ってないか?」

「そうかの? ゆうて、今着ているのよりはましじゃろうて」


 ……確かにそうだな。


 婆さんから離れて白い服装に着替える、包み込まれるような安心感がして気分も良くなってきた。


「元々着ていたのを預かりますぞ」


 預かる? もしかして俺の服を狙っていたのか? でもまぁ、所詮安物のスーツ。持ち逃げされたとしてもこれと比べたら……悪くないな。思わず口角が上がってしまう。 


 スーツ上下とワイシャツ、ネクタイにハンカチ、下着の全て渡す。


「婆さん、服に紛れていたこの三角の布切れはなんだ?」

「頭に付けるもんじゃよ」


 俺を馬鹿にしているのか?


「こんなダサいのはいらん」

「付けなされ、さもなくば効果が弱まってしまうぞ」

「効果? なんの話をしているんだ??」


 布切れを放り捨てる。


「それよりも靴は無いのか」


 靴も水に濡れてグチャグチャで気持ちが悪い、とてもじゃないが履いてられない。


「……靴かいな」


 婆さんが、俺の服を爺さんに渡し草むらの中に入って行く。


「これでどうじゃ?」


 草むらの中から白の足袋を持って戻ってきた。


「おお、いいじゃないか! ついでだ、靴に靴下も預かってくれ」

「かまわんよ」


 餞別だ、くれてやる。


「お若いの。決して脱いではなりませんぞ」

「……? 分かったよ」


 逃げるように婆さん達から離れていく。こんなにも肌触りの良い服だ、売ればボロ儲けだな。



 後は胸の高さ程まである植物の群生を抜けるだけ。緑の葉に赤黒いフワフワした実が成っている。


 手前にある実をもぎ取った。


「《鑑定》」


〈 名 称 〉 綿火めんか


〈 分 類 〉 繊維


〈 備 考 〉 衝撃を与えると高温で長く燃える


〈 稀 少 〉 Bランク


 衝撃を与えるとー。と、備考で出ているが歩き触れる程度の衝撃なら問題ないだろ。ここを越えれば目的地、何があるのやら楽しみで仕方ない。

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