第33話 小技を見せたいお年頃

「ソワ村長、行ってきます!」


 今から急ぎ向かえば、ぎりぎり日没前には着けそうだ。


 小走りで黒曜の後を追うも一向に見当たらない。は、早すぎるだろ。岩が二つ並んだ広場、石畳の通路入口でようやく黒曜の姿を発見できた。


「芽吹〜」


 岩に座り私に手を振るっているが、尻尾がピクピク小刻みに動き苛立ちを隠せていない。


「ソワ村長との会話途中から機嫌悪くなってたけど、何か気に入らないことあったの?」


 黒曜は岩の上に立ち、息切れしている私の首へ緑のネックレスを掛けてくれた。


「分からぬ」

「エエェ……」


 共に結界に入り石畳を進んでいく、黒曜は私の歩くペースに併せ宙に浮いている。


「自己犠牲なんてものは今まで飽きる程見てきた。それに対し、気まぐれで手を差し伸べた事もあった。供物の時もそう。全ては気まぐれ……じゃが……今回はなんと言うか胸がモヤモヤした。この様な事は初めてじゃ」


 そう言い終わると、空中を大きく一回転した。


 何て返答をすれば、彼女の心フラストレーションを解消できるだろうか?


「姿が変わったことで、相手の感情に対して敏感になったのかもしれないね」


 イケメンの出来る男ならここで気の利いた一言を言えたのであろうが〜、私では無理だった。


「あの場で、妾がはぐらかさずに娘も欲しいといえば二人とも芽吹の物になったぞ」


 黒曜が意地悪そうに投げかけてきた。……これは試されている!?


「今は黒曜と二人の時間を楽しみたいよ」


 そして、何より一人没頭できる自由な時間が欲しい。


「そ、そうかの」


 何その反応。


「黒曜はソワ村長の変化に驚かなったけど知ってたの?」

「ん? ああ。あの程度のネックレスで妾の目を欺こうなど片腹痛い。最初にあった時から見抜いておったわ」

「流石だね、頼もしいよ」

「もっと褒めて良いぞ」


 機嫌が少し良くなっていくのがわかる。もしかしてチョロい?


「応接間の壁に飾ってあった葉を模したタペストリー、ひょっとしてエスクトリア王国の?」

「そうじゃろうな。余談じゃが糸を出す種族で代表的なのは鱗翅族に蜘蛛族といるが、その糸の特徴や違いなど……知らぬよな」

「是非ご教授お願い致します!」

「ふむ、よかろう」


 満更でもないような声が聞こえた。これは峠を越えたな。


「一般論だが、鱗翅族は指先や口から糸を出す。対して蜘蛛族は指先や腹からじゃな」


 蜘蛛は腹から糸を出すのか……。お尻から出しているイメージがあったよ。


「糸の質の違いでは、鱗翅族は肌触りや通気性に優れ、染色性も良く衣類として使うには非常に優れておる。ヒュージスライム相手に使っておったが、束縛用途としては強度が心もとない。蜘蛛族は加工が非常に難しく、衣類として使用するのは現実的ではない。束縛用途として使うには強度が非常に優れており、場合によっては独特の粘着性を使用する」

「へー、性能真逆なんだね」

「性格にも違いが有る。鱗翅族は温和で友好的の雑食、蜘蛛族は粗暴で好戦的の肉食。蜘蛛族に不用意に近づけば捕食されるぞ、芽吹一人では近づかない事を強く薦める」


 怖い! 蜘蛛さん怖いです!


「じゃあ、村の入口に張ってあった糸はー」

「村長の糸じゃな。村全体を結界のように張り巡らしておった。鈍い者は〜……巧みに張っておったから気がつかず引っ掛かる者も多いじゃろうな」


 幼女に気を遣わせる私って一体……。


「思ったより早く着いたね」


 まだ日があるうちに昨日、野営をした場所に辿り着くことができた。


「芽吹腹減ったぞ」

「ちょっと待ってね」


《空間収納》から薪を出して、ルレイさんの真似をして組んでいく。


「……火種がない」

「火ならば妾が」


 黒曜は指先に炎を灯す。


「待った! アドニスさんから貰ったもので出来るはず」


《万物流転》で金床と小槌、火箸を《空間収納》から鉄の棒を取り出して、魔力を込め鉄の棒の先端を叩いていく。


「何をしとるんじゃ??」


 叩き続けると先端が赤くなり熱を持ち始めた。慌てて《空間収納》から麻糸を取り出しほぐす。そこに鉄の棒の先端につけると〜〜。


「ほら、火がついた!!」

「……魔法で火をつけた方が早いではないか」

「むグゥ」

「二日分の食糧は残っとたよな? 肉を沢山食べたいぞ!」


 黒曜が、明日には村へ戻ると言ってたよな。


「じゃあ、思い切って肉祭りにするか!」


 おおはしゃぎをする黒曜。


 既に料理され、葉に包まれている肉を焚き火に入れていく。ルレイさんが作ってくれたの美味かったな〜黒曜もきっと喜ぶだろうな。


「おお、豪快じゃな!」


 黒曜は肉が出来上がるのを楽しそうに見つめている。肉大量だし、ナンは少しでいいか。《空間収納》から野菜を取り出して木の皿に盛り付けしていく。


「芽吹」

「ん?」

「妾はいらんぞ」

「食べなさい。栄養あるし大きくなれないぞ」

「葉なんぞ弱者の食べる物! 妾はいらぬ!!」


 えぇ、ルレイさんが出した時食べたじゃん。私に気を遣ってくれたのかな?


「本当は?」


 黒曜は口を尖らせ、顔を背けた。


 そこまで!? 味覚が人と違う? 無理強いは出来ない……か。


「分かった。私だけ食べるから黒曜は食べなくていいよ」


 ん? この焦げ臭さ、やな予感がする。慌てて焚き火の中から葉包を取り出す。


「なんで、だ」


 肉が、肉だった物になった。


「……肉……」


 黒曜は魂が抜けたような顔をしている。


「そ、そうだ! 明日の朝食用に残しておいた分を今食べようか」

「おお! 残しておいたのか、流石じゃな!!」

「少ししか無いけどね」


 黒曜は肉のナンサンドを、私は肉の香りする野菜ナンサンドを美味しくいただいた。


「テント張るから黒曜はそのまま食事してて」


《空間収納》からテントを取り出す。説明書はもちろん付属してないので、ルレイさんの見ようみまねで組み立てていく。


「ごめん、暗くて手元が見えにくいから明かりの魔法頂戴ー」


 先に張ってから食事にすれば良かった……。


「《一時的な光》」


 明かりがフワリフワリと私の方へ近づいてきた。


「ありがと。もうちょいで、できると思うから」

 

 よし、もう一踏ん張り!

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