第32話 緑のネックレス

 前回、叩いた時は意図なくても自然に小槌に魔力が乗ってくれていた。でも今は魔力の送り方を知っている。小槌がどう変化するか楽しみだ。

 

《万物流転》で金床と火箸、小槌を出し《影法師》を召喚させ大槌持たせた。《空間収納》から鉄のインゴットを取り出し準備完了。


 この鉄のインゴットでどんな形の盾を作ろうか。丸形に三角形、小盾に大盾……盾一つとっても、色々な形にサイズがある。昔、図書館で借りた防具本の内容思い出せ、裏側の持ち手も重要だ。テレビで外国の鍛治職人が話していた事。それに、ゲームの攻略本もヒントになるかもしれない。今、私が使いこなせるスキルの範囲でできる事、そして、将来は火床を使えたとして……。



 形は……カイト形、サイズは中盾だな。そして今出来ることは、魔力を纏わせた槌をひたすら叩き鉄の純度をあげ、火床が使えるようになった時の下準備をする事かな。


「《慧眼》」


 金床に置かれている鉄のインゴットから、ぼんやりと最終的な形が見えてきた。まばたきをすれば消えてしまいそうだ。


 叩く、叩く……。イメージよまだ消えるな、留まってくれ。叩け叩け。音よ、リズムとなり旋律となり私を昂らせより高みに連れてくれ。



 突然、体が動かなくなった。何が起きた!? ……いつの間にか首から下が糸で覆われている。


「何度もお呼びしたのですが返答がなく……。槌を振り回していたのでそばに行く事も出来ず、メブキさん拘束してごめんなさい」


 玄関の方からソワ村長の声が聞こえるが、首の稼働範囲を超えていて姿を見ることができない。


「私こそ気づかずすいません。時にヒヤリハットとはご存じですか?」

「その様な帽子は存じ上げないですが、思入れの品物ですか?」


 ぼ、帽子とな。まぁ、私も初めて聞いた時は同じ発想しましたよ。


「いえ、ちょっとした興味本位なのでお気になさらず。糸を解いていただけるとありがたいのですが」


 汗まみれの体に巻きついていた糸が一瞬でなくなった。ソワ村長もそれなりの実力者か?


「お礼の品などお持ちしました」


 振り返ると神妙な面持ちをしている。話が込み入りそうだと直感で感じとった。


「黒曜に声かけてきます。それと少しだけ水浴びの時間もいただけないでしょうか」

「押しかけてしまいましたので、お気になさらず。メブキさん、こちらをお使いください」


 大きなタオルを二枚渡してくれた。とても肌触りが良い。


「水浴びがお好きと聞きました。これで体を拭かれてください」


 今までハンカチで体を拭いては絞ってを繰り返していたのでありがたい。考えたら貰った布地でタオルを作ってもよかったな。


「ありがとうございます。では、行ってきます」


 釣瓶を引き上げ頭から水をかぶる、サッパリとして気持ちがいい。タオルが手に入った今、石鹸が欲しくなる。……欲してばかりではいかんいかん。


「黒曜起きて。ソワ村長がきたよ」

「ん〜? ああ。今回の音色、中々良かったぞ。三十六点じゃな」


 褒めている割には手厳しい点数だな、それとも五十点満点か?


「寝ぼけてないでほら」


 黒曜の髪を手櫛てぐしで整る。


「お待たせしました。どうぞ」


 工房で待っているソワ村長を借家に招き入れ、椅子に座ってもらう。机を挟んで正面に私と横には黒曜。


「重ね重ねになりますが、調査を受けて頂きありがとうございました」


 机の上に金の縫い物が施された真新しい豪華な書物と、無地で使い込まれた書物の二冊を置き、無地の使い込まれた書物を私の前に出す。


「こちらをお納めください。この書物には染物の効力が記載され、その素材に分量、調合方法など詳細が載っております」

「そ、その様な貴重な物はいただけません」


 村に伝わる秘伝書だろう、流石に貰えない。


「写本になりますので受け取ってください。見ず知らずの者の手に渡る可能性があるのでしたら、メブキさんに使っていただきたいのです」

「……分かりました、頂きます」

「それと……もう一つだけ新たなお願いがございます……」


 ソワ村長が豪華な書物を私の前に出し椅子から立ち上がる。


「今からお見せする姿は、出来ましたら他言無用でお願い致します」


 そう言ながら、いつも身に付けていた緑のネックレスを外した。……ソワ村長の姿が変化していく。


 眼が黒一色の複眼に変わった。いや、それだけではない。頭から茶色の触角が二本生え、重力に引かれるように柔らかく弧を描き垂れ下がる。白髪のボリュームが増し、背から白い四枚の翅。腰からは卵型のフワフワで白いお尻……いや、尻尾? も生えてきた。


 思わず目を見開いてしまう。


「ふふ。鱗翅族は珍しい種族ですから、皆様驚かれるんですよ」


 何処となく昆虫っぽいというか、蚕を彷彿させる姿だ。


「そちらの書物は、フィル村にある宝の目録になります。メブキさん……いえ、メブキ様。メブキ様が希望される品の全てを、そして……このスファーニ・ソワの全てを差し出します。村を……村をお救い下さい」


 ソワ村長が声を震わせながら懇願をした。突如、頭の中に鐘の音が鳴り響く。驚きの連続で頭の処理が追いつかない。


「ふむ、目録を見たが目ぼしいものは無いの。それに、芽吹は村を救う依頼を受けるとも、出来るとも言っておらぬ。なのに本来の姿を見せ、断りにくい状況を作り勝手に話を進めるとは……」

「あ、いえ、決してその様な……」


 ソワ村長は顔を青くするが、黒曜は目もくれず乱雑に目録を机に放り投げた。


「まぁ、出来なくは無いが〜〜そうじゃの。報酬として欲しいのは、そなた……」

「メブキ様、コクヨウ様これからよろしくお願い致します」


 ソワ村長は迷いの無い返事をして、笑顔で丁寧に頭を下げた。


「と、娘〜」

「誠心誠意尽力いたします。どうか、どうか!!」


 ソワ村長は青ざめ、叫ぶように懇願している。


「こ、黒曜!?」


 思わず声が裏返ってしまった。そんな弱みに漬け込んでの、人身売買的な事されても困るぞ。


「その覚悟、嫌いではないが……妾の言い方が悪かったな。そなたが紡ぐ糸が欲しい。全てをよこせとも言わん、定期的に譲って貰うだけで良い。娘の分はいらぬ」

「そ、それだけで宜しいのですか!?」

「構わん」


 黒曜……イライラしている?


「衣療樹内に入れるのは王族だけと言っとたが、抜け道の一つや二つあるじゃろ、それを教えてくれぬか」

「それでしたら、こちらの緑のネックレスを身につければ入る事ができます」


 黒曜はソワ村長が差し出した緑のネックレスを少し乱暴に受け取った。


「ここでの出来事は他言無用にする安心しろ。妾達は今から衣療樹に向かう。明日には終わらせ戻ってくるので待っておるとよい。芽吹行くぞ」


 黒曜が翼を出し借家を出て行った、私も後を追いかけねば。

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