第30話 胸の内
◇
ルレイさんが足を止めた。延々と続いていた石畳はここで終わりを告げている。
「着いたぞ、ここだ。ここから先に衣療樹がある。しかし、別の結界が張られていて王族しか入れん」
周辺を見回すが何も無い。
いや、何も無いというのは正しく無く、石畳の先は土の大地が広がり、今まで見てきた景色がただ単に続いているだけ。
ここに来るまで静かにしていた黒曜が、石畳の端に立ち腕を伸ばした。
「ふむ。かなり不安定になっておる」
何も無い空間に幾度となく手を当て呟き、辺りをウロウロと探索し始めている。
「少しばかり、結界周辺を見てくる」
黒曜はそう言うと、漆黒の翼を出し空へ飛び上がった。
「あまり離れると、結界から出てしまうぞ」
ルレイさんが慌てて声を張り上げて注意を促している。
「分かっておる、心配するでない。遅くとも明日の昼までには戻る故、そこでゆっくり待っておれ」
上空から声が聞こえて、黒曜の姿は見えなくなった。
黒曜が手を伸ばして触れていたであろう場所に、私も真似して同じ動作をしてみる。……手のひらは勿論の事、指先にも何も感じない。さらに数歩、足を進めて石畳から土の大地へ。位置的には結界内であろう場所に降りてみた。けど……何も感じず体への変化も見られなかった。
だめだ、分からん!
「いくら安全な結界内とはいえ、もうすぐ日が暮れる。今から単独で行動する意味が分からん! ……仕方ない。メブキ、あそこに荷物を出してくれ。野営の準備をする」
《空間収納》からフィル村で積んだ荷物を取り出す。ルレイさんは一人でテントを手早く張り、薪を組み上げて焚き火の用意をしてくれた。
「手慣れてますね」
「そりゃな。昔、数えきれない程、アドニスと共に野営したからなー」
焚き火を眺めながらぽつりと答えてくれた。
「そろそろか」
そう言うとルレイさんは、焚き火の中に入れていた葉包を取り出した。葉包を捲っていくと香ばしい匂いと共に、程よく色づいた肉が出てきた。
「これは出かける前に、フィレールに貰った特別の肉だ。野営する最初の食事は、げん担ぎの意味合いで豪華にすると決めていてな。コクヨウちゃんには内緒だぞ」
ルレイさんはナイフで肉を適度な大きさに切り分けて、円形に近い平べったいナンと生野菜も添えて木の皿へ盛り付けてくれた。
「ほら、出来たぞ」
彩りも綺麗で腹の虫が鳴り出す。まずは肉を一口いただいてみよう。
「うまい!!」
「だろ! 戦場を転々としていた時の、唯一の楽しみは食事だからな。後、これはとっておきだ」
茶色の塊をナイフでスライスして、一枚渡してくれた。……この香りは!?
「これ、燻製されたチーズじゃないですか!」
「本当は酒を飲みながらやりたいんだけどな」
「流石にここでは飲めないですよね」
「今はもう村でも飲めんよ。街へ行かないとな」
「ルレイさんは街へ避難されないんですか?」
「そりゃ、行きたいさ。ただ、アドニスがな〜あいつとは腐れ縁だから置いて行けんよ」
「……何故」
このまま村に残っても、結果は目に見えている。何故逃げ出さない? 逃げ出さないのであれば、生き残る為に、エスクトリア王国時代の貴重品を報酬に高ランク冒険者を募集するなど、色々やりようがあるだろうに……。
「何故村を捨てない? それとも高額報酬を出さない? とでも言いたいのか」
しまった、読み取られた。
「あ……いえ……」
「村を捨てる話は、村長に持ちかけはした。けどな、「ソワ家は代々村長を受け継ぎ、エスクトリア王国の成人の儀を取り仕切ってきました。王族が儀式を受けに来た時に、誰もいなくては困りますよね」と言って、聞き入れてもらえなかった。百年近くきていない連中に対して、義理堅すぎるだろう! 強引に連れて行く事も考え、アドニスに相談をしたが〜同意は得られなかった」
「ネイツさんやフィレールさんは……」
「あいつらは、今日ようやく説得に応じてくれた。近々村を出て行く。村に最後まで残る愚か者は、十八名だけさ」
今日、私達がソワ村長宅に訪れた時に言い争いの声が聞こえたけど、ネイツさんが出ていく行かないの話をしていたのか……。
「村の貴重品を報酬として出せば、さほど時間はかからず冒険者がきて調査してくれるかもしれない。あわよくば瘴気問題も解決できる可能性もある。……だがな、別の厄介ごとを招く事ぐらい分かるだろ」
不特定多数の目に触れるであろう依頼で、村が過度の報酬を出せるとわかれば、金のある村と噂が広がり金品目当てで襲う連中も出てくる。フィル村は辺境の地にあるから、何かあっても気が付かれないだろうし、周りが気がついたとしても全てが終わった後か……。考えが浅はかだったな。
「それで黒曜が僅かな希望なのですね」
だが、調査して何か分かるのだろうか。原因が分かったとしてそれを解決できるのか? 黒曜の力を信じるしかない。……何もできないのが歯痒いな。
下を向いて考え込んでいると、ルレイさんのため息が聞こえた。
「メブキ」
「はい」
「お前を含めて、村長は期待している」
「私ですか? 防具職人ですし、乗馬すら出来ない。何もできないですよ……」
「他には無いメブキ独特の視点に考え方、それに潜在スキルに期待してかもしれんな。例えば《状態異常耐性》とか」
心臓が大きく跳ね上がった。いつバレた? スキル持ちなのを見透かした上で、話を持ちかけたのか? 何故だ??
「そんな顔するな。メブキの行動を見てそれで分かっただけだ。そんな特殊な事じゃない。それに、誰にでも秘密にしているスキルは一つ二つはあるもんさ」
「後学の為に何故、《状態異常耐性》を持っていると分かったか教えてもらえませんか?」
「そうだなー。いくら村の中にあるからといって、水質の確認もせずに井戸水を使う奴はいない。戦争で井戸に関する悲惨な話の一つや二つ聞いたことあるだろ。それと、初夏とはいえそのまま冷水をかぶる奴もいないぞ。体を冷やし体調を崩すリスクをわざわざ高めてどうする」
「あーー」
蛇口をひねれば綺麗な水が出る環境に慣れていたせいで、水が汚染されている可能性を微塵も考えていなかったな。冷たさを感じないのは黒曜に以前かけてもらった《温度保護》の効果だろう。
「最も、村長は種族的に直感が優れているから、メブキから別の何かを感じとり話を持ちかのかもしれんな」
「人って直感が優れているんですか?」
「……そうだったな、今度タイミングをみて話してやる。あっと、忘れていた。アドニスからお前にと」
渡されたのは小指程の太さで長さが三十センチある、先の尖った鉄の棒。
「何でも、前いた職人が重宝していたそうだ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
見た目は普通の鉄の棒だ。一体何に使っていたんだろう?
ルレイさんが、薪を焚き火へ放り投げた。
「夜が更けてきたな、メブキはそろそろ寝ろ」
「お言葉に甘えて先に失礼します。交代はいつ頃します?」
「気にせず朝まで寝てろ。俺くらいになると眠気なんてコントロールできる様になる。と、言いたい所だが眠くなった時にはこれだ」
赤い実を渡される。
「これは?」
「数回噛むと効果テキメンだ、試してみろ」
唐辛子っぽいけど〜……特には臭いはしないな。恐る恐る噛んでみる。
「プボォ!?」
口から炎が出るかと思った。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 プピンペッパー
〈 分 類 〉 香味料
〈 備 考 〉 非常に辛い
〈 稀 少 〉 F+ランク
「効くだろ! 一発で眠気が吹っ飛ぶ。逆に寝付けない用の葉も常備しているから。必要だったら言ってくれ」
「そ、その時はお願いします。おやすみなさい」
「おう」
◇
「プピンペッパーすら知らんとはな、あいつは今までどこでどう生きて来たんだ?」
薪が崩れ火の粉を舞い上げた。
「あの歳なら戦争の悲惨さを体験しただろ……周りから嫌と言うほど話を聞かされるだろ。夜は怖く無いのか? 何故、簡単に隣人を信じられる! どんな生を送ったらあんな疑うことの知らない性格になれるんだ。忘れるにしてもほどがあるだろ! 戦争の無い平穏な場所から来たとでもいうのか!? 模擬戦では大人気なく圧倒してしまった……。くそ!! 俺らしくない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます