第29話 乗馬
◇
昨晩はゆっくり寝られたなぁ、朝日が気持ちいい。
「結界の調査を引き受けるとソワ村長に伝えに行くのだけど、黒曜はどうする?」
寝ぼけ眼で私の後ろに回り込んできた。これは一緒に行くという意思表示だなと解釈する。
村長宅に歩いて向かう中、誰にも会わなかったので、目に付く物を手当たり次第に《鑑定》していった。以前は《鑑定》したい対象から五メートルの範囲までしか調べる事は出来なかったが、スキルが(微)から(小)へ上がった事により十メートル程離れていても調べられる様になった。
《鑑定》をしていて面白いと思ったのは、各家に植えられている植物の違いだ。虫除け草は共通して植えられていたが、血行促進や解熱効果、胃腸に効く薬草など家によって個性が有り、夢中で調べ気がついたら村長宅に着いていた。
「ほら、着いたよ」
黒曜を背中から下ろして玄関を叩く。扉の向こうから足音が聞こえた。
「こんにちは。メブキさん」
フィレールさんが出迎えてくれる。が、中から言い争いをしている声が微かに聞こえてきた。
「あっ……。ちょっと待っていてください。ごめんなさい」
扉が閉められる。
「お待たせしてすいません。中へどうぞ」
フィレールさんに応接間へ案内してもらっている途中で、ネイツさんとすれ違った。
応接間の椅子に腰掛けているのは私と黒曜、ソワ村長の三人。正面にいるソワ村長は緊張した面持ちだ。
「結界の状態確認と瘴気漏れの調査、受けさせていただきたいと思います」
そう伝えると緊張していたソワ村長の顔がわずかに緩んだ気がした。
「ありがとうございます」
「それで一つ質問なのですが、結界の状態が良くないと言われてましたけど、後どのくらい持つと予想されてますか?」
「それは……」
私の様な外部の人を受け入れる余裕はあるわけだから、それなりに期間はあるだろう。
「持って、一ヶ月かと」
は?? 危うく声が出かけた。たった一ヶ月!? もっと先の話かと思って楽観視をしていたぞ!
「そうか。で、いつ向かえば良い? 妾達は今からでよいぞ。あの程度の距離ならば徒歩で往復したとて、半日程度じゃ」
黒曜のやる気は頼もしく感じる。が、一ヶ月でどこまでの事が出来るんだろう。
「それは本当ですか!」
いつもは落ち着いているソワ村長が、机越しに身を乗り出してきた。
「アドニス……いえ、ルレイを呼んできます」
村長宅が慌ただしくなる。私と黒曜は出された飲み物とお菓子を食べ、ひとまず準備が整うのを待つ事になった。調査の時に食べる食事の用意をしているのか、奥から香ばしい匂いがしてきた。
◇
扉をノックする音がして、ルレイさんが応接間に入って来る。
「依頼受けてくれてありがとな」
ルレイさんにも既に伝わっていた様でお礼を言われた。
「メブキさん、裏口に馬を二頭用意しました。食料は三日分積み込んであります。全て調理済みですのでそのままでも食べられますが、焚き火で温めるとより一層美味しく食べれますよ」
「フィレールさん、ありがとうございます」
「メブキ、コクヨウちゃん行こうか」
ルレイさんに続いて裏口から外に出ると、荷物を積んだ馬が二頭、木に繋がれていた。
「それはそうと。メブキ、馬に乗れ……るよな?」
え、どうだろ? 乗馬なんてした事ないぞ。
「の、乗った事ありません」
私の返答を聞いて、ルレイさんの顔が露骨に引きつる。
待て待て。異世界では馬は重要な移動手段のはず。もしかしたら、閻魔様がこっそりと乗馬できる能力を付けてくれているかもしれない。
「乗ったことはないですが、乗馬の知識はあるので試してみてもいいですか?」
「知識はあるのに実際には乗ったことがないだと!? それは都合のいい記憶の抜け方だな。かまわんが、危険と判断したらすぐやめさせるからな」
ルレイさんに見守られながら、馬にそっと近づいて体を撫でた。落ち着け私、不安な気持ちで馬に接してはダメだ、生き物には伝わってしまうと聞いたことがある。きっと勢いが大切だ!
あぶみに足を乗せ、鞍の前方に手をかけ、一気に馬に飛び乗った。
おお! いつも地面に足をつけて歩いている時より、目線が上がりフィル村の景色が違って見える。眺めが良く自然と気持ちが高揚していった。
手綱を持つと馬がそれに応えて歩き出す。適度な振動が私の体に伝わり気持ちがいい。これ、案外いけるんじゃないか?
私が手綱を引くと馬は突然暴れ出し前方へ駆け出した。視線が上下にブレ、景色が一気に後ろへ流れていく。な、なんでだーー! 振り落とされないように必死に馬の首にしがみつく。
「メブキーー」
横を見ると、馬に跨り併走しているルレイさんが視界に入る。だが、激しい揺れで口が開けず話すこともできない。ルレイさんが体を大きく傾けて、私から手綱を取り馬を落ち着かせてくれた。
「徒歩で向かうぞ、いいな!!」
ルレイさんに厳しい口調で言われ、身の縮む思いをする。
「……はい」
馬から降りた私を黒曜は腕を組みながら冷ややかな目で出迎えた。
「スキルは無い、乗馬した事も無い。何故できると思ったんじゃ?」
黒曜の尻尾が小刻みに地面を叩いている。
「……すいません……」
ルレイさんが馬から荷物を降ろし、軽く叩くと馬二頭は何処かへ走り去っていった。
「メブキ、荷物をしまってくれるか」
《空間収納》へしまいながら周りを見渡すと、村長宅からだいぶ移動していた。
模擬戦をした広場程ではないが、ここもそれなりの人数で集会できる広さはある。広場の端には腰の高さ程の岩が二つ並んでいる以外は目ぼしい物は特に何もない。
「丁度いい場所にきたな。王族達はあの岩の間を通り、衣療樹へ向かったと言われている。その道を使う」
これから私達が向かうのは昔、王族が歩んだ道。言葉だけ聞けばロマンを感じるが、現実は昨日伐採に行った時と変わらぬ景色……。岩の間から見えるのは村の境界線である柵だけ、特別なものではない。フィル村が深い森に囲まれていた時代は圧巻だったのかな〜。
「行くぞ」
ルレイさんはそう言いながら二つの岩の片方に手を当て、……姿が消えた。
何が起こった!? 慌てて姿が消えた場所に駆け込む。と、目の前に笑いを堪えているルレイさんがいた。
「えっと……。何があったんですか?」
「これを持ちながらその岩に触れると、特別な空間が開き入れるようになる」
小さな緑石を見せてくれた。
「それより、ほら」
ルレイさんが指差した方をみる。そして……息をのんだ。
大人が五人横並びで歩ける幅の石畳が目の前に現れ、それが延々と続いている。
「空間の中からは外の景色は見え、何処からでも結界の外へ出れる。だが、逆は不可能。凄まじいよな〜」
衣療樹へ向かいながらルレイさんが説明してくれた。
ここを歩いていた王族を楽しませる為だったのか、石畳は一定間隔ごとに模様が施され、宝石も埋められていた。しかも、割れや風化などは見られず、非常に綺麗な状態で保たれている。
「石畳のメンテナンス、されているのですか?」
「可能だと思うか」
……出来ませんよね、軽率な質問でした。
当時、エスクトリア王国は相当財力があったんだろうな。そして、瘴気が発生しただけでフィル村を切り捨てる冷酷さも……。
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