第28話 フィル村の過去
◇
「そろそろ昼か」
黒曜がいつ帰ってきても、迎え入れられる様に起きてはいたものの、落ち着かず《影法師》と共に裁縫を勤しんでいた。けれど、朝になっても昼になっても黒曜は帰ってこなかった。
物になるのを断った事で、私に興味を無くしてしまったのかもしれない。突然の別れがある事は知っているが……。
借家の扉を叩く音が鳴った。
「黒曜!!」
「こんにちは、メブキさん。コクヨウさんのお具合はいかがでしょうか?」
勢いよく扉を開けた先には、ソワ村長と少し後にアドニスさん。アドニスさんは大きな葉包みを三つ持っている。……そうだよな、黒曜だったらわざわざ扉叩かないよな。
「それが……夜中に目を覚ましたのですが、何処かへ出掛けてしまいました。いつ戻ってくるかは……」
「そうですか。食事を持ってきましたので、良かったらどうぞ。蛇肉は明日の夜にはお渡しできます」
アドニスさんから葉包みを受け取り、そのまま《空間収納》へしまう。
「《影法師》さんは相変わらず存在感がありますね」
ソワ村長が微笑むように見た。
真っ黒だからある意味目立つし、存在感を感じるよね。
「ヒュージスライムの件で報告があります。それと、別件で相談したい事があるのですが。今お時間宜しいでしょうか?」
「私も相談したい事がありましたので〜」
ソワ村長とアドニスさんを借家へ招き入れた。
◇
薄暗くなった空の下、火が灯る蝋燭を持ち工房へ向かう。
今日は落ち着きの無い一日だったな……気持ちを切り替えよう。
鉄のインゴットを叩く為に準備をしていく。火床を使える様になったらまずは何を作ろうか。鎧? 兜? いや、違う。守りの象徴といえば盾だ、最初に盾を作ろう。
将来を考え心躍らせながら《万物流転》で出した小槌を振っていく。……が、おかしい。今日に限って《影法師》との連携がうまく取れない。動きが鈍い気がする。いや、駆け出しの癖に余分な事考え集中してないからだな。集中、集中。
しかし、その後もうまく噛み合わず、《影法師》の大槌が何度か私の手を叩きかけた。
「はぁ〜〜、今日はダメだ」
窓の外では日が完全に沈んでいる。
「さっきの動きは何じゃ? リズムも酷く、とてもじゃないが聴いておれぬ。はよ妾を楽しませれる職人になれ。んん? いつもの《影法師》ではないな!」
いつの間にか黒曜が工房にいた。そして、《影法師》を上から下まで全身を見ている。
「成る程の」
黒曜は拳を握り、手のひらに軽く打ち付けた。
「何か違いがあった?」
「こやつは、肘から先。特に手に魔力が集中して流動しておる。細かな作業はできる反面、力仕事は向かぬ。鍛治をする時に出したのか?」
「いや、昨晩の裁縫をしていた時から出しっぱなしだよ」
「で、あるならば!! 一度引っ込め、鍛治をやると意識しながら召喚してみるのじゃ」
一度、《影法師》を戻し鍛治を意識しながら召喚する。……特に変わったようには思えないが。
「ほほ〜〜。この《影法師》は腕に体。そして脚に魔力が流動しておるぞ。これならば、うまくいくであろう」
何その説明臭いセリフ……。
試しに鉄のインゴットを叩いてみると、違和感なく作業が出来きた。そうか! 今までは作業の都度、出していたから状況にあった《影法師》が自然と出ていたんだ。
「凄いね、私が気付けない細かな《影法師》の違いを一瞬で見抜くなんて」
「じゃろ!」
腰に手を当て尻尾で体を支える程に反り返っている。
戻って来てから会話や仕草の一つ一つが非常に不自然じゃないか。
「黒曜」
「……なんじゃ……」
「お帰り」
黒曜が私の脚にしがみつく。顔をうずめ「ただいま」と小声で言ったので、私は頭を撫でる様に軽く叩いた。
「妾は腹が減ったぞ」
「じゃあ、夕飯にしようか」
いつも通りの黒曜に戻った気がして、どこか安心した。
借家に戻り、机の上に《空間収納》から出した葉包みを広げていく。山盛りの肉に燻製されたゆで卵、金平糖など、今までフィル村で食べた物が全て揃っている。
「ほう、ここ数日と比べると異常に豪華じゃ。供物の様ではないか」
「その事なんだけど〜、ちょっと込み入った話があってね。相談したい事があるんだけど……」
「この村の事じゃろ。供物を食べ終えるまでの間、聞こうではないか」
「よくわかったね!」
「妾が幾年、竜をやっとったと思う? 強い想いをのせた物は自ずとわかる。まあ、わかったからといって願いを聞き入れるとは限らぬがな」
黒曜って何年生きているんだ。ミスリルでの特訓の件を考えると最低でも四百歳以上……。ちょっと、いや、かなり気になる! でも、この世界でも年齢を聞くのは失礼に当たりそうだ。
「芽吹」
「ん?」
「言わんぞ」
「!?」
「ほれ、早よ始めんと食べ終わってしまうぞ」
黒曜が食事に手を付け始めた。昼にソワ村長から持ちかけられた相談事の内容を伝えるか。
「フィル村の成り立ちの話からになるんだけど〜」
◇
昔々、フィル村はエスクトリア王国に属し、深い森の中にある隠れ里だった。村の役割はエスクトリア王族の成人の儀を執り行う事。
儀の内容は単純で、成人を迎える王族が一人不可視の結界内に入り、
衣療樹とは私が以前、空から見下ろした湖に囲まれた島の中央にある巨木の正式名称である。
しかし、今から百年程前、結界内で瘴気が発生した事により王族から『縁起が悪い』『儀を行うのにはふさわしく無い』などケチがつきフィル村の取り潰しが決まった。それにより、持ち込まれていた稀少な魔道具や貴重な調味料などなど回収作業が行われていった。
だが、全てを回収される前にエクストリア王国の関係者がある日を境にピタリと来なくなった。フィル村からエスクトリア王国への連絡手段は持ち合わせおらず、時が流れる中でエスクトリア王国は滅びたと村内で噂が流れた。
それから更に月日は流れ、不可視の結界が張られていた結界内部が時折見える様になった。その間隔も徐々に短くなり、結界崩壊の予兆ではないか? と村人達が恐れをなしていった。
ソワ村長は、カドリアの街にある冒険者ギルドへ調査依頼を何度も出しに行ったが……。戦後の復興事業で街に大量依頼がある中、わざわざ辺境の地にあるフィル村の依頼を受ける奇特な冒険者は現れなかった。
最後に冒険者ギルドに調査依頼を持ちかけたのは二週間前。その時は何故か内容問わず全の依頼受付が一時停止され、受付再開日も未定との事だった。
結界崩壊により、フィル村が瘴気に飲み込まれる可能性を考慮し、村人の移住を進めていったが、フィル村に強い愛着がある者、頑固者など二十人は移住を拒否し今もなお住み着いている。
昨晩のヒュージスライムは結界から漏れた瘴気を浴び、特異になったのではないかと推測される。それを見事に退けた私達の冷静な判断力と高い魔力を見込み、結界の状態と瘴気漏れの調査をしてほしいと相談をされた。
◇
「てな、感じかな」
食事を終えた後も椅子に座り話を聞いてくれる黒曜。
「芽吹はどうしたいんじゃ? 正直なところ妾はどうでもよい。村や国が滅びるなんて、ありきたり過ぎる」
どうでもよい。か、種族間の考え方の違いかもしれないが、そう言われるとね……。
「じゃが、妾は芽吹の護衛。芽吹に危害が訪れるのであれば、解決せねばならぬ。場合によってはその根本からな」
「……そうか、ありがとな」
黒曜の頭をくしゃくしゃにした。
「あ! 忘れてた。これをー」
《空間収納》から白い手袋を取り出し、
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 絹の手袋
〈 分 類 〉 防具
〈 備 考 〉 右手の模様が特徴的
〈 稀 少 〉 E+ランク
両手を黒色に染めながら、右手の甲だけ布地の色そのままで可愛い模様に成る様、工夫を凝らした会心の手袋だ。
「黒曜にあげる」
「これは?」
「ソワ村長から貰った布地を使って作ったよ」
「服を作っておらなんだか? 完成したのか?」
「まだだけど、先にこれかな〜てね」
黒曜が受け取り、手袋をはめていく。
「左手の方がフィットするぞ。成る程、先に右手を作ったな! すぐに上達するとはやるの!」
「……左手は《影法師》が作ったよ」
「おーー。何じゃこの右手の甲にある崩れた白い模様は。スライムが潰れ弾け飛んだようで、愛くるしいの」
えっ、何そのショッキングな模様は。
「昼間にソワ村長から染め方を教わって、黒曜の三日月の髪飾りに合わせて星模様にしたつもりだったけど〜……。よし、わかった! 作り直すから返して!!」
黒曜が絹の手袋を後ろへ隠した。
「職人芽吹の初作品じゃろ。しかたがない、このまま貰ってやるかの」
「余裕が無くなったら、潰れたスライム模様見て落ち着つくんだぞ」
「は! 言いよる」
黒曜の笑みが見れた。
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