第27話 芽吹の分析
黒曜が指を差した先、柵の向こう。そこには二メートルを優に超える楕円形の大きな物体。その物体は半透明で輪郭は分かりにくく、移動音をほとんどさせずに近づいてくる。
「ヒュージスライムだと!? なぜこんな場所に」
アドニスさんが
「珍しい敵なのですか?」
「スライム系は基本、奇襲を得意とする。こんな開けた場所にある村の近くに現れん。……倒そうにも物理耐性が高い。反面、魔法耐性は低いが村に魔法使いはいない。最も、ヒュージスライム相手だと生半可な魔法では足止め程度しかならん。相手が悪すぎる、メブキさん引くぞ。ネイツ、大至急村人達に知らせろ!」
「アドニス!」
ルレイさんが、アドニスさんとアイコンタクトを取り、二人して村の中へ駆けていく。
「これで、少し時間が稼げます」
ソワ村長の声でヒュージスライムを見ると、いつの間にか無数の糸が張り巡らされて動きが止まっている。
「《鑑定》」
〈 名 称 〉 ヒュージスライム(分体・特異)
〈 分 類 〉 スライム
〈 備 考 〉 瘴気により知能大幅向上
〈 強 さ 〉 ー
〈 稀 少 〉 Cランク
Cランク!? 《鑑定》を使用してランクが表示される様になった中で、一番稀少ランクが高い魔物だ。特異に瘴気? この魔物は特別な個体なのか?? どちらにしろ私では相手にはならないよな、逃げなければ。
あ、あれ? 側にいたはずの黒曜がいない。
「黒曜ーー!!」
「まだいたのか、とっとと逃げろ」
ルレイさんが馬に乗り、大きな鞄を身につけ戻ってきた。
「す、すいません。ヒュージスライムを《鑑定》したんですが、分体特異な個体で、瘴気と表示もされています」
「分体だと!? くそ!! メブキ、必ずアドニスにそれを伝えてくれ」
それだけ私に伝えると、馬に乗ったままヒュージスライムへ駆け寄っていく。ヒュージスライムを見ると拘束していた糸は既に無くなっていた。
突如、一本の触手がヒュージスライムから生まれ急激に伸びた。触手は風を切る音を出しながらルレイさんに襲い掛かかる。
馬に乗ったルレイさんはすんでのところで触手の攻撃を回避して、すれ違いざまに鞄の中から何かを取り出し投げつける。赤黒い塊? ……生肉だ。ヒュージスライムの体の表面に張り付いた生肉が、体内へ取り込まれゆっくり溶けていく。
ルレイさんは再び鞄から生肉を取り出し投げつけながら、フィル村から少しずつ離れていく動きをみせる。ヒュージスライムは生肉をくれる彼を餌と認識したのか、静かに追いかけ始めた。
「随分と男前の行動を取るではないか。だが視野が狭い」
どこからともなく黒曜の声が響く。
「《
目前にいたヒュージスライムと村の中から三ヶ所、計四本の黒い炎が大地より立ち上がる。黒き炎は光を吸収するがごとく激しく燃え、村が暗くなった。
そして、漆黒の翼を広げた幼女が夕日の光りに照らされ、輝きながらゆっくりと落ちてきた。
◇
「ここは……どこじゃ?」
「借家の寝床だよ」
「なぜ? ……いや、そうか」
黒曜の瞳から輝きが消えた。
「《影法師》は何をしておるのじゃ?」
「黒曜が寝ている間に、ソワ村長が村を救ってくれたお礼を言いに来たよ。その時に、数種類の布地に糸を貰ったから、それを使って服を仕立てようと思ってさ」
「服ならば、今着ているではないか」
「これは〜企業戦士の服だからね」
「企業戦士とはなんぞ?? 始めて聞く職業じゃな」
「会社に着て行く……ここだとギルドになるのかな? そこで働く人が着る仕事着だね。ただ、最近は服装周りも少しずつ変わってきてはいたけど、私には縁が無かったな〜」
「ふむ、会社という場所で着る正装って事じゃな」
「まぁ、そうなるね」
「芽吹はまだまだ未熟じゃが得意なスキルを存分に、自由に振るうことができて良いの。妾は、妾は……アイデンティティとも言える魔法。この姿になってからそれが制御できぬ。魔法は妾の楽しみであり誇りであった。それが、それが……」
目に大粒の涙を溜めて涙ぐみながら話す黒曜。寝床の上で両膝を抱え尻尾を足に巻き付けて固まっている。
黒曜は魔法が大好きで誇りにしているのは、短い付き合いだけどわかる。だから……下手な慰めは逆効果になるだろう。
「夕食でも食べようか、ほらこっちにおいで」
……反応がない。
今夜は月が雲で隠れており、蝋燭の光が無ければ借家は闇に包まれる。今、光が消えてしまえば黒曜は闇に包まれ、そのまま消えてしまいそうな感じがした。
何か落ち込みを吹き飛ばせる話をしなくては。黒曜が興味を引く話題、心をくすぐる話題……。
「ねえ黒曜。竜族はドワーフ族とずっと前から、もしかしたら、竜族が終戦へ向けての計画を立てた段階で既に組んでいていたんじゃないかな?」
話に興味を示したのか黒曜の顔が上がった。
「弾劾されるのも織り込み済みで、戦争の溜飲を下げる役も担ってもらう。ドワーフ族は一度歴史から消えるけど、どこかで保護されている。例えばーー、竜族のみ知る秘境とかで」
「……何故、そう思ったのじゃ」
よし、食いついた!
「竜族の強さなら単独でも戦争を終わらせる事ができたと思うんだ。でも、終戦後のパワーバランスを考えてあえてやらなかった。ランク装置の登場に苦戦して手不足を装い、あらかじめ通じていた鬼神族、エルダーエルフ族などと手を組み再侵攻をする」
「中々面白い発想じゃが、竜族がドワーフ族と組むメリットはあるのかの?」
メリット……か。
ここで口が止まってしまってはダメだ。頭を回転させろ!! あくまでも黒曜の気を紛らわすのが目的、正解を答える必要は無い。推測でいい、答えるんだ。
「ランク装置を世界中へばら撒いて、戦力を収集し分析して連合軍の被害を最小限に抑える為かな。《鑑定》スキルのレア度の面から考えて、製造にはかなり貴重な素材を使うと思う。それを、大量に用意できるのは竜族だけ。そして、製造できる技術を持っているのはドワーフ族のみ」
「それならばドワーフ族と手を組む価値はあるやもしれんな。じゃが、全種族が参戦した戦争でどこでそんな悠長に分析出来る場所がある? そもそも、どうやって収集するのじゃ? まさか、一箇所一箇所周ってとは言うまいな」
「周りはしないよ。方々に散った装置からの情報を、メイン装置となる場所へ自動で送る様にする。送り方は〜……竜族主体で動いているのならば、竜脈に乗せて送ったりできるんじゃないかな? 竜脈といったら太くてパワフルってイメージだから、世界中にある装置からの情報が大量に流れてきたとしても対応できると思う。ただ、流石にどこでも良いって訳じゃ無いだろうから、あえてドワーフ族が設置まで行った」
「……ほぅ」
よし、黒曜の反応が明らかに変わったぞ!
「元いた世界でも大量の情報を分析できる装置があるんだけど、それは発熱が凄くて冷却する装置が必要なんだ。今滞在しているフィル村が無事なように、戦争の被害が少ない場所は他にもあると思う。拠点や領地にするメリットは低く、土地が空いている場所……。パッと思い付くのは〜雪山。いや、意外性で海底とか」
「成る程の」
「まあ、御宅を並べたけど、竜族は戦争を終わらせたいけど統治とかには興味がなさそうかな。黒曜や黒曜のお父さんの話を聞いた感じの想像だけれど……。案外、新貨幣の造幣はドワーフ族がメインでやっていたりして」
「くくく。流石は異世界から来ただけある。こういう対話は面白いな。他の者達とは発想が違う!」
黒曜が寝床から降りた。
そして、幼女とは思えない妖艶な笑みを浮かべながら近づいてくる。私の目前で歩みを止め、浮かび上がるとお互いの体温を感じ取れる距離まで顔を近づけた。
鼓動が高鳴り、思わず息を呑む。
「芽吹よ、妾のモノにならぬか?」
耳元で甘い、あま〜い言葉を囁かれ心が落ちかける。けど……物か。歯車になるのはもう十二分に堪能したよ。
「それは、お断りさせてもらうかな」
「ふふ、残念じゃ。お〜、今宵は満月じゃったか。何とも綺麗じゃな」
先程まで泣き、落ち込んでいた幼女は笑いながら姿を消した。
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