第22話 黒曜 対 影法師


 食事を終え、寝床で気持ちよさそうにゴロゴロしている黒曜。……このまま寝そうな気がする。その前に昨日不発だった魔法の質問しないと。


「昨晩、工房の明かりが無いから黒曜が洞窟で使ってみせた《一時的な光》を真似して使ってみたんだ。でも発動しなくてさ……魔法を使うコツや注意点を教えて!」

「発動しないのは至極当然、魔力があれば誰でも魔法を使えるという訳ではない。魔法を発動させるには、術式を組み、体内にある魔力の巡りを意識して言葉を紡ぎ発動させるのじゃ。正しい手順を踏まなければ効果は大幅に減少するだけでなく、時として暴発してしまう。芽吹の魔力はそれなりにあるのから、学べば魔法を使えるようになるじゃろうが〜〜、今は余分な事はせず《影法師》や《万物流転》を使いこなす事を考えるがよい」

「魔力があれば簡単に使えるわけじゃないんだね。それなら、今夜も工房で作業するから《一時的な光》を出しもらえないかな」


 月明かりも悪くないが、十分の明るさの元で作業を行いたい。


「は? 何を言っておる。根を詰めすぎじゃ、今日は寝て明日行えばよかろう」

「そうなんだけど、もう少し叩けば何か掴めそうな感じがするんだよね。あの感触が手に残っているうちに続きをやりたいんだ」

「芽吹の言いたい事は分かった。じゃが昨日から寝とらんじゃろ、怪我もまだ完治しておらぬし、魔力もだいぶ減っておる。今日は休め」

「確かに……本調子とは言い難いな」

「じゃろ」

「なら、少しだけ叩いたら寝るよ」

「ええい、聞き分けのない! 駄々をこねる子供か!! ……子供か。か」


 黒曜が微笑みながら人差し指を私向けた。


「芽吹、休め。《微睡スリープ》」


 突然、《影法師》が空間から飛び出し私の代わりに魔法を受けた。一瞬の出来事で黒曜は驚きの表情を浮かべている。《影法師》に《微睡》の効果は現れてなさそうだ。


「ほう、妾の魔法を察知し防ぐとはやるではないか、褒めて遣わす。じゃがな、妾は意地悪で言っているわけではない。芽吹の体を案じておるからじゃ、今は無理をする時ではないぞ」


 言い終わると同時に、私の前から黒曜の姿が消えた。


「《深き眠りディープスリープ》」


 黒曜の魔法を唱える声がどこからか聞こえた。


 正面にいた《影法師》が消え背後に現れるのを感じた。再び私の代わりに魔法を受けたのだろうが、やはり私にも《影法師》にも魔法の効果は現れない。


 黒曜が乾いた笑いを発しながら、背後から私の正面へ戻ってくる。


「芽吹が操る《影法師》は本当〜〜に面白いの、素晴らしい。褒美として次は少しばかし大技を使おうではないか。不安や恐怖を感じる事はない、安心して受け入れるがよい」


 にこやかな顔しているけど、目が笑ってないよ。……これ絶対、一撃必殺的な魔法を撃ってきますよね!?


「こ、黒曜」

「皆まで言うな、分かっとる」


 私の言葉を有無言わさず遮る。


 黒曜の綺麗な金色の瞳が輝きを増して怖い。私の意志とは関係なしに《影法師》が勝手に動いただけなんだけなんですけど! 絶対に分かってないよね!!


 黒曜が右足で軽く床を踏み鳴らすと、床一面には収まらない巨大な魔法陣が現れた。魔法陣は蒼く淡い光を醸し出している。本能的なものなのか、それを見て私は全身に寒気を感じた。

 

「《悠久なる氷棺エターナルアイスキャスキット》」

「黒曜まっ……」



 ……眩しい。


 窓の隙間から漏れる光が私の顔を直撃している。床で寝ていたせいか体が怠い、少し離れた場所で黒曜も床で寝ていた。


 何故二人共、床で寝ているんだ? ……昨晩の記憶が曖昧で思い出せない。


「朝か……」


 窓を開けて空気入れ替えよう。


「ん、あれ? 開かない」


 古い建物だから建て付けが悪いのかな。まあいいや、井戸で顔洗ってこよう。


 桶を持って借家を出ると、足元から爽快な音がした。


「霜柱か」


 この地は早朝だと霜柱が出るほど寒いのか。霜柱を踏んだのは子供の時以来かな、面白がって遊んで靴を泥だらけにしたっけ……懐かしい。


 井戸に釣瓶を落とし上げていく。これは朝からいい運動になる、毎日やっていたら腕に筋肉がつきそうだ。


「あ、おはようございます」


 桶に水を移して顔を洗っている所に、ルレイさんがやって来た。


「ん……この辺り寒くないか」

「霜柱出てる位ですし、寒いですよね〜」

「寝ぼけているのか? もう初夏だぞ」

「え? そ、そうですよね! こ、こんな朝早くからどうされたんですか?」

「今日は村の中央広場で模擬戦を行う日でな」

「模擬戦!! ルレイさんも参加するんですか?」

「勿論。ただ、毎回参加者は少なくてな〜今回はアドニス、ネイツと俺の三人だけさ」

「模擬戦、見学に行ってもいいですか!」

「構わんぞ。村の巡回がてら、起きていたら声をかけようと思っていた。それとほら」


 ルレイさんがランタンを渡してくれた。


「村長に言われてな、魔力を送れば明かりが灯る。骨董品だから壊すなよ」

「……え、私が使ってもいいんですか? てっきり予備の蝋燭をいただけるものだと思っていました。ソワ村長も自宅で蝋燭を使っていたので」

「あーー。あそこは好き好んで蝋燭を使っているからな……。ほら行くぞ」


《空間収納》に借りたランタンをしまい、ルレイさんと共に村の中央広場へ向かった。


「アドニスとネイツのやつ、先に始めてやがる」


 二人は向き合ったまま動きを止めている。中央広場はかなり広く、数百人規模を収容できるスペースはありそうだ。


 ルレイさんは近場にあった岩に寄り掛かった。手招きをしているので私も岩の側に行って二人を観戦をする。ん? 人多くないか? ひい、ふう、みい……村人ほぼ全員集まっているじゃないか!?


 朝早いのにも関わらず、アドニスさんとネイツさんの二人は既に汗だくだ。


 アドニスさんは右手に木剣、左手に二枚の板を張り合わせた粗末な盾を装備してリラックスして立っている。一方でネイツさんは木槍を装備しており、足を肩幅まで広げて腰を落としずっしりと構えている。


 木槍を構えているネイツさんが動いた!


 すり足からの、素早い突き! アドニスさんがサイドステップでかわす。ネイツさんが体を捻り薙ぎ払いに繋げた!


 アドニスさんが深く腰を落とし、盾を構える。


 少し鈍い音がして、アドニスさんの盾が木槍を受け流す。受け流されたネイツさんの体勢が崩れたかのように見えた。その隙をついて一気にアドニスさんが間合いを詰める。攻守交代か!?


 ネイツさんは流れた木槍に逆らわず、横方に飛び跳ね体を回転させながら木槍を打ち下ろす。アドニスさんは足を止めて一歩横にずれ、打ち下ろしを回避。標的が無くなった木槍は地面を叩き砂埃を巻き上げた。


 アドニスさんが素早く木槍の穂を右足で踏み地面に固定させ、左足の踵で柄の先を踏み込む。


「グッッ」


 木槍を持っているネイツさんの手へ衝撃が走り、ネイツさんから苦しそうな声が聞こえたが、木槍は手放していない。アドニスさんごと木槍を持ち上げようとするも……動かない。


 木槍から軋む音が鳴り、アドニスさんが後方に飛んだ。二人の距離が十分に開いたので、戦闘はまた仕切り直しになったようだ。


 アドニスさんを見ると呼吸乱れは無く余裕すら感じられる。ネイツさんは肩で息をしていて呼吸音がここまで聞こえてきそうだ。


 ……次の攻防で決着がつく予感がして、見ているこっちも緊張感が最高潮に達した。


 今度はアドニスさんが先に動き、ゆっくりと間合いを詰めて行く。近くの誰かが息を飲む音が聞こえた。


 アドニスさんが突然加速をして、一気に間合いを詰める。緩急をつけられネイツさんの反応が遅れるのが分かった。


 ネイスさんは木槍の石突きを使い、足元の土をアドニスさんの顔目掛け飛ばした。しかし、予測していたのか盾で土を受け流しながら、わずかの遅れも感じさせずに間合いを詰めていく。


 ネイツさんが右後方にステップをしながら、溜める様な攻撃の動作に入る。


「《三段突き》」


 私の目には一撃にしか映らなかった技が、アドニスさんに向け繰り出されーー破裂音が鳴り響いた。


 お互い動きを止めて礼をする。模擬戦は終了したようだ。よく見るとネイツさんが持っている木槍の穂が無くなっている。


「あ〜ぁ。壊しちまって…‥。アドニスの奴、後で村長に怒られるな」


 村人達の歓喜の声が上がる中、ルレイさんのボヤキが聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る