第21話 塩味
水浴びを終えて、体を拭いている所にネイツさんがやってきた。
「メブキさん、大変お待たせいたしました。魔獣と丸太を解体小屋で受け取りたいと思いますので、ご案内いたします。……水冷たくなかったですか?」
「水ですか? そんなことないですよ」
「な、なら良かったです」
何故だかちょっと引き気味のネイツさん。
黒曜に一言伝えた方が良いかな……。いや、魔獣と丸太を渡すだけだし、寝ているのをわざわざ起こすほどでも無いか。
ネイツさんの案内で村の中を進んでいく。フィル村って解体小屋まであるのか……意外に設備が充実しているんだな。
「あちらです」
住人が住んでいる家の倍はあろう大きさの解体小屋。そして小屋の前にルレイさんがいた。
「早速で悪いが、そこに丸太と端材、全部出してもらえるか」
ルレイさんが指差した場所は解体小屋の横。私が来る以前に伐採された丸太が積まれ、先程使っていた背負子も置いてあった。
《空間収納》から丸太や端材を取り出し《影法師》と共に置いていく。改めて見てもやはり量が多い……。
「全部出しました」
「お、サンキューな。魔獣はー」
「このまま案内します!」
ネイツさんがルレイさんの言葉を遮った。
「なら頼む」
「メブキさん、この建物の中でお願いします」
ネイツさんと二人で解体小屋に入る。
「うっ」
外にいる時からうっすらと臭ってはいたが……。獣と血、独特の臭いが鼻を突き一瞬足が止まってしまった。
そんな中に女性が一人いた。私と同じか少し幼く見える、十代中盤位だろうか? 服装はルレイさん達と同じで、くすんだ感じの色合いをした長袖に長ズボン姿。垂れ目で黒の瞳、髪は少しボサボサしている、肩にかかる長さの白髪だ。
少し主張した胸元には緑色に輝くネックレスを身につけている。可愛い子で面影がどことなくソワ村長に似ていた。
「初めまして、村で解体を主だって行っています、フィレールです。よろしくお願いします!」
フィレールさんはそう言うと私の元に駆け寄り、元気な挨拶をして手を差し出してきた。
「芽吹です、よろしくお願いします」
私も手を差し出し握手を交わす。解体を担っている人なので厚みのある手をしていると思ったが、意外にも繊細な手をしていた。
あれ? そういえば……。室内を見回すも、道具が一切見当たらない。
ふと見上げた。
「いや〜。作業場を広く確保する為に上にあげているんですよ」
天井からは大小様々な刃物に道具が吊り下げられている。……危なくないかこれ。
「何でも蛇肉を好まれると聞きました! 優先して捌きますので作業台の上に置いてもらっていいですか。グレートベアはそこの壁際で願いします!」
「フィレールさんには作業の関係上、《空間収納》の事は話してあります。それ以外にこの事を知っているのは、村長とアドニスさんだけです」
ネイツさんが耳打ちしてくれた。
ウインドスネークとグレートベアを《空間収納》から取り出して置いていく。作業台は木製で出来ているが厚みがありとてもしっかりしている。
「おお〜〜二体とも艶があってこれは上物ですね! 腕がなります。そうですね……ウインドスネークの解体は明日の昼前には終わらせますから、楽しみにしていてください!!」
フィレールさんが、とてもいい笑顔で親指を立ててくれた。元気っ子だな〜。
「宜しくお願いします」
解体小屋から外に出る。ん〜、空気が新鮮に感じるなぁ……。フィレールさんには申し訳ないが、どうもあの臭いは慣れそうにない。
解体小屋の外にいたルレイさんは、いつ合流したのであろうか? 村人五人と共に丸太の選別作業をしている。
「メブキさん」
声を掛けられ振り返ると、ソワ村長とアドニスさんがいた。
「この度は魔獣を提供してくださり、誠にありがとうございます。村代表としてお礼を申し上げます」
ソワ村長が丁寧に挨拶をしてくれる。
「いえ、こちらこそ。借家をお借りできて大変助かっております。ご相談がありまして、私と黒曜は食べるのが専門で、その……今回獲った蛇肉の料理お願いできないでしょうか。勿論お手隙の時で構いませんので」
「まあ、そうなのですか!? 二人っきりの旅をなさっているのでしたら、ある程度料理も〜……いえ分かりました」
「それと、もう一つお願いがありまして。夜中工房で作業する用に灯りが欲しいのですが……」
「灯りですね、明日にはお届けします」
「ありがとうございます!」
「お夕食まだですよね? ご用意させてただきましたので、宜しければこちらを食べられてください」
大きな葉に包まれたお弁当を一個、アドニスさんから手渡された。中からは美味しそうな香りがしてくる。
「メブキさん、お聞きしたいことがございます」
ソワ村長が真剣な顔になった。何かやらかしたか!?
「村に来られたとき、怪我をされてましたよね。道中何があったのですか?」
「そ、それは」
黒曜の魔力切れで空から落下して怪我しました。なんてかっこ悪くて、とてもじゃないが言えない。でも、その場しのぎの嘘を言ってしまっては、後々問題になりそうな雰囲気だ。
墓穴を掘らず、且つ相手に誤解を与えぬ回答。頭を回転させ考えねば……社会人時代に培ってきた《当たり障りのない報告》スキルが今試される時ぞ!
「黒曜と一緒に空の旅をしてい時に、想定外の事が起きお互い怪我を……。ただ、問題の原因及び因果関係も分かりましたので、今後はこの様な事は起こり得ません。ですので、ご安心ください」
よし、要点を押さえて重苦しい感じではなく、やんわりと伝えられたぞ。
「そう……ですか。それを聞きまして安心しました」
納得はいってなさそうだったが、ソワ村長からの追及は無かった。
◇
日が沈みかけている、こんなに遅くなるとは……。黒曜に一言伝えておけばよかった。
「ただいまー、遅くなってごめん」
「……おはよう。何じゃその葉包は! 美味しそうな香りがしてくるの」
おはよう。って、嘘でしょ! 黒曜今まで寝てたの!?
「ソワ村長が夕食にとね。黒曜が顔を洗い終わったら一緒に食べようか」
「それじゃと、妾の魔法によって生み出された水によって、この辺り一面水浸しになるぞ」
「え!?」
何故、顔を洗うだけでそうなるのか問いただしたいが、食事が冷めてしまう。仕方ない……。
机の上に葉包みを置いて、桶に水を汲んでくる。
「これで顔洗って」
「すまんな」
両手で水をすくい不器用に顔を洗う黒曜、辺りには水が飛び散った……。
「蛇肉はどうなったかの?」
私が周りを拭き桶を返し戻ってくると、黒曜は上機嫌で葉包を開けながら質問をしてきた。
中身は円形に近い平べったいナン二枚に、炭の香りがする大ぶりの串焼きが二本。そして燻製された卵が二個。昼間食べたお弁当より豪華である。
「蛇はフィレールさんって人が捌いてくれて、明日の昼には受け取れるよ。その後、ソワ村長に料理をお願いする流れだね。ソワ村長も言っていたけど、今後も二人で旅をする事を考えるとーー。私か黒曜のどちらかが、料理を出来る様になった方がいいだろうね」
「お〜、ほほ〜〜。これはまた!」
椅子に座り感嘆の声を上げながら串焼きを食べ始める黒曜。……こいつ今の話スルーしやがった。
私も串焼きを一口……。うん、普通に美味い。異世界の方がゆっくり食事を堪能する事ができているよ……何とも複雑な気分だ。
「興味本位で聞きたいんだけど、ウインドスネークとグレートベアってどうやって見つけたの?」
「昼間の獲物かの? それはな、調べたい範囲を頭の中で思い描き、妾を中心とし魔力を薄く広げていくのじゃ。魔力が薄くなる程、相手に密着しやすく姿形が鮮明に分かる様になる。感知されにくくなる利点もあるの。後は相手の所に行きコツンとすれば終わりじゃて」
手で軽く叩く仕草をする。
広範囲の感知魔法か〜。黒曜は簡単に言ってはいるが、きっと凄く難しい魔法なんだろうな……。
「しかし、昼間食べた時もそうじゃが、肉から不思議な味がしてうまい!」
「塩味だね。塩という調味料を使って肉の美味しさを引き出しているんだよ」
「ほ〜塩とな。きっとそれもうまいんじゃろうな〜山ほど食べてみたいの」
それ死ぬから。……いや、黒曜なら平気なのか? 試しはしないけどさ。
黒曜は綺麗な金色の瞳を輝かせながら串焼きを頬張っている。
「どうしたんじゃ、急に妾の頭を撫でおって」
無意識のうちに撫でてしまった! でも……尻尾を振っているから、嫌がってはなさそうだ。
黒曜の事を色々知りたいけど、前に名前を尋ねた時は渋い顔をされたからな〜……。う〜〜ん、ここは焦らず時間をかけて徐々に知っていこう。
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