第17話 黒曜とミスリル
「ある日、妾の飼っていたペットが逃げ出してな。幼き妾は誰にも何も言わず、ペットを連れ戻す為に一人で外の世界に出かけたのじゃ。方々探し回ったが結局見つからず、諦めて家に帰ろうとしたが……帰り道がわからなくなってな、たまたま見つけた洞窟の中でうずくまり泣いていたんじゃよ。そしたら、泣き声を聞きつけたんじゃろ、冒険者達がやって来おった」
……何だろ、やな予感がする。
「眠る前に母上はよく勇敢な冒険者達の話をしてくれたよ。それでな、ここに来た者達は迷子の妾を救い出してくれる心優しき者だとな。……純粋じゃったよ」
黒曜は少し自虐的に、ぼやく様に言った。
「じゃが、
竜を討ち取ると英雄になるとか、素材は高値で売れるとか聞くからな……。
「もうダメじゃ。と思ったその時、父上がどこからともなく駆けつけ冒険者共を一瞬で蹴散らしてくれたよ」
「お、ぉぅ……」
「家に帰ってから大目玉を食らってな……。当時、主流だったミスリルで作られた武器での攻撃に耐えられるようになるまで外出禁止になった。しかも、妾だけ外の世界に出られぬように結界魔法を張る念の入れよう。本当に見事な結界じゃった、いまだにあれを超えるのは見たことがない。……流石は父上」
黒曜は私を置いて恍惚に浸っている。
「必要以上に客人を招かん父上じゃったが、その日を境に特訓と称し、ミスリルの武器を持った者を不定期ながら家に招き入れる様になった」
竜族に招かれるって凄い! 相当優秀な冒険者に声が掛かったんだろうな〜。
「客人は毎回違っとたが、共通していた点は誰も彼も皆、武器や防具が痛んどった。まだ戦前で手入れする余裕は十分あったはずなのじゃが〜、父の頼みを聞き無理に時間を作り訪問してくれたんじゃろう」
ん? なんか雲行きがおかしくなってきたぞ。
「特訓時、妾からの攻撃は一切禁じられ受けるだけ。殺気の乗った技の数々に、初めは戸惑いや萎縮から上手く受けきれずに怪我してばかりしておった。恥ずかしい話じゃが、母上に泣きついた事もしばしばあったよ」
え、ちょっと待って、それって本当に客人?
「母上の優しさと父上の厳しさ、客人の協力を得て妾は成長していった。いつしか、ミスリルの武器で攻撃を受けても傷一つ負わなくなり、ようやく特訓は終わりを迎えた。これは後から知った事なんじゃが、妾が外の世界に行ったとほぼ同時期に、父上と
子を案じる親心からの行動か……。
「今の話を聞いての質問なんだけど、武器となる素材が違うと、同じ技でも威力が変わるって認識でいいんだよね」
「そうじゃな。銅の剣とミスリルの剣では、武器の使い手が同じだとしても威力が違う。それと、当時の妾では分からなかったが、装備を見れば相手の実力はある程度想定できる」
「ち、因みになんだけどーー。黒曜と特訓をした客人達はその後どうなったの?」
「父上が送り返したと思うぞ、何だかんだで優しいからな。今とはなっては、来てくれた者達に本当に感謝しておる」
……それは、娘だから優しく接しているだけじゃないかな? うん、これ以上は深入りはやめておこう。
「優しいお父さんだね」
「じゃろ! 強さも五指に入る。実力、人柄共に尊敬しておる」
竜族五指だと!? お父さん強すぎです!! ……ん、待て待て。
故意でなかったとしても大事な娘さんを今の姿にしてしまった原因の一端を担っていると知られたら私はどうなるんだ?
急に胃がキリキリしだした気がする。《状態異常耐性(中)》仕事して!
「じゃから、芽吹。渡したミスリルを早く加工できるようになるんじゃ。そして、当時の妾と対峙できるようになれ」
黒曜はそう言いながら私の顔を見てニヤと笑った。
「分かった、精進するよ」
なんか壮大すぎる話を聞いてどっと疲れが出てきた……、少し寝て目が覚めたら村人達と交流を図ろう。
借家の扉を強く叩く音がした。
慌てて黒曜を膝から下ろし、《影法師》を消して外に出る。
「お、そっちにいたのか。これからネイツと二人で伐採しに行くんだが、手伝ってもらえないか?」
「おはようございます、えっと……」
村の入口で鎌を持って怒鳴っていた人だ。
「そうか、自己紹介がまだだったな。俺はルレイだ、宜しくな」
今は鎌の変わりに鉈を持ち、背負子を背負っているルレイさん。こんな朝の早いタイミングで声をかけられるとは……。
「一緒に来るなら、うまい弁当を出すぞ」
お弁当! なんとも魅力的な単語だ。昨日の昼から何も食べてないしこのチャンスを逃す手はない。よくよく考えれば、向こうから交流の切っ掛けを作ってくれたのだ。眠いので〜と、断るのは言語道断だ!
十八の頃は徹夜でゲームしても、そのまま授業に出ていたから行ける行ける! ……いや、待てよ……。授業中寝てたかも。
ただ、今は学生ではなく、護衛がいる防具職人の設定だ。即答はせず確認を取る仕草を見せねば。
「確認しますので、少々お待ちください」
工房に戻ると、黒曜は椅子に座りながら足をプラプラさせている。
「ルレイさん達と交流する為に、伐採に一緒に行ってもいいかな? 食事も付けてくれるみたい」
「食事じゃと! 妾も行くぞ」
黒曜、お前も食事に釣られるのか。
「分かった、伝えるね。それと作業の手伝いする時に、人前で《影法師》を使用しても問題ないかな?」
「《影法師》も《万物流転》と同じで本質を見極め理解出来る者などそうそうおらん。程度の差はあれど、分身スキル自体はありふれているからな。問題ないぞ」
なら、現場で《影法師》に活躍してもらおうかな。外で待っているルレイさんに報告しないと。
「ルレイさん、黒曜も参加していいですか?」
「当たり前じゃないか! コクヨウちゃんを一人、この村において置くわけにはいかないぞ」
そういえば、黒曜ぱっと見はかよわい幼女だった。
「ありがとうございます。では、黒曜と二人でご一緒させていただきます。その前に井戸を使いたいのですが、何処にありますか?」
「こっちだ」
ルレイさんが井戸の場所まで案内してくれる。井戸は工房の裏手にあったので、気づかなかった自分に驚いた……。
「あ!」
やっとの思いでくみ上げた釣瓶を地面に置こうとするが、慣れない行為に手元が狂い、派手に水をぶちまけてしまった。
やり直しか……、蛇口をひねるだけで水が出る水道って本当に便利なんだなあ〜と改めて実感するよ。
「め、メブキ?」
「ごめんなさい、ちょっと手元が狂ってしまって」
「あ〜……。俺がやる」
私の行為に呆れたのか、ルレイさんは代わりに水をくみ上げてくれた。手慣れているだけあって素早い。
釣瓶に両手を入れ水をすくい顔を洗い、うがいもする。さっぱりして気持ちがいい。残った水は捨て釣瓶を元の場所に戻した。
ふとルレイさんの方を見ると、顔が引き
「俺は弁当を取りに行く。お前達は準備が整い次第、入口へ向かっていてくれ」
「分かりました」
……準備か。工房に出しっぱなしの鉄のインゴットと、黒曜から貰ったミスリルを《空間収納》にしまうだけだな。
「遅かったな何をしておったんじゃ」
「ごめん、井戸で顔を洗ってたよ。ルレイさん、お弁当を取りに戻ったから二人で入口へ向かおうか」
「ルレイ?」
「初日に鎌を持っていた人だよ」
「あ〜〜あやつな、分かるぞ」
その返事は絶対分かっていないだろ!
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